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「倒れているホームレスを助けなかったら、見殺しにしたと言えるか」という問いは、その問い自体が差別意識を含んでいる。

日記 他の人の日記

今さらな感はありますが、こちらね→http://d.hatena.ne.jp/gordias/20070420/1176996502
以下引用↓

寒い夜、道を歩いていると、ホームレスの人が道ばたで倒れていた。私は警察を呼ぶこともせず、救急車を呼ぶこともせず、黙ってそこを通り過ぎた。夜でもあり、人気は少なかった。

この場合、「間接的ではあろうが、私は他人を見殺しにすることに加担した」と言えるであろうか。

もう既に、他の方が指摘していらっしゃるかもしれませんが、これ、「ホームレス」でなければいけないんでしょうか? スーツを着たサラリーマン風のひとだったら? セーラー服を着た女子高生だったら?
いや、普通に考えて、誰が倒れていてもそのまま素通りしたら「見殺し」なんじゃないでしょうか。間接的も何も関係なく。*1
この問いが問いとして成立するのは、背景にホームレスに対する差別意識があるから、と言えるんじゃないでしょうか? 違いますかね。この問いが単に「倒れている人を助けなかったら、見殺しなのか」というものであれば、「それは見殺しでしょ」で終わってしまうと思いますよ。(その場合でも、個別には「見殺し」とは言えない、というケースもないとは言えないかもしれませんが。)
結局、ホームレスはそれ以外の人たちとは違う、特殊な人たちである、というような認識が背後にないと、この問いは成立しないと思うんですよ。ホームレスは、必ず助けなくてはいけない人ではない、というような認識が。
元の記事を書いた方がホームレスを差別している、とは言いませんが、少なくとも、こう書くことによって読み手の中の差別意識を刺激しようとしている、とは(僕は)思います。



ただ、もともとの「間接的人殺し」の話とは別に、ホームレスに対する内なる(隠された)差別意識を露わにしようとした、と言うのなら分からなくはないです。だけど、そういうフォローはされているのかな? 見落としていたらすみません。
で、それで問われるのは「じゃあ、おまえはホームレスの人が倒れていたら、助けようとするのか」ということであって、そこで躊躇してしまう自分の差別意識を自覚しろよ、ということなんでしょう。その差別意識を自覚することが前提にないと、差別をなくすこともできませんよ、と。
もちろん、そうした自覚がきちんとあって、なおかつ「助けない」という人もいるかもしれませんが、少なくとも、僕はそういうのは好きではありません。



あと、ホームレスと一口に言いますけど、一見してホームレスとは分からない人もたくさん居ますからね。逆に、ホームレス風に見えても、実はそうではない人も居たりします。つまり、ここでいうホームレスとは、「ホームレスに見える人」ということでしかないわけで*2、その点でも引っ掛かりを感じてしまいます。
要するに、その人をホームレスであると決め付ける時点で、ある特定の身なりの人間はホームレスである、という偏見ないし先入観があったわけですよね。*3



まぁ、そうした偏見・先入観や差別意識にはそれなりの理由があるのでしょうから、一概に否定はしませんが、現実のホームレスの人たちをよく見て(できれば、何らかの交流をして)みれば、そうした意識はある程度克服できますよ、とは言っておきたいです。



とはいえ、僕自身このような場面に出くわしたとき、どのような行動を取るのかはそのときになってみないと分からない部分はあります。また、この場面で見殺しにしなかったからといって、別の場面では別の誰かを見殺しにしているかもしれません。その辺りのことについては、自覚的でありたいな、とは思います。

*1:もちろん、「見殺しにした」と「殺した」は違う、という問題もありますが、それはここでは触れません

*2:しかも、さらに見る人によってその基準は変わるでしょうし。

*3:倒れている人を以前からよく知っていた、というのなら話は別ですが、その場合は別の問題になりそうですね。