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Against Me!『Transgender Dysphoria Blues』の歌詞を雑に日本語訳してみるよ。

Transgender Dysphoria Blues

Transgender Dysphoria Blues

 つい先日、Against Me!の新作『Transgender Dysphoria Blues』のCDを、発売から約2か月遅れで買ってきて、聴いたんですよ。それで、Twitterとか、って、呟いたんですが、いや、ほんと素晴らしいです。
 演奏は王道のアメリカンパンク。曲はカントリーやブルーズも取り入れた王道のロックンロール。へヴィなリフを用いた曲もあります。でも、たぶん、一番のポイントはやっぱり歌詞なんだろうな、と思って、俺の心に引っかかったところを中心に雑な日本語訳をしてみようか、と。
 その前に断っておかないといけないんですが、俺はこのバンドのいい聴き手では全然ないんですね。関心を持ったきっかけは、2年ほど前のボーカルのローラ・ジェーン・グレース(トム・ゲーブルから改名した直後)が性同一性障害をカミングアウトしたというニュース*1
 俺にとってそのニュースは驚きではありました。というのは、パンクロックシーンは、外側から見ると自由で開放的に見えるかもしれないんですが、内側に入ってみると、実はかなり閉鎖的でしかもマッチョイズムとの親和性も高いという面があるんです。これは、俺自身が過去に、アマチュアながらパンクバンドの一員として活動した経験から実感したことです。トランスジェンダーのバンドマンがいるということ自体は、別に不思議でも何でもないんですが、それがパンクバンドのシンガーで、なおかつカミングアウト後も活動を続けるというのは、非常に勇気ある決断だと感じました。
 実際、彼らの過去の曲の動画をYouTubeで視聴したときにも、ヘイトスピーチと言ってもいい罵倒や中傷コメントが書き込まれているのを目にしたし、それだけに、俺としてはローラとこのバンドをできるだけサポートしたいな、と思ったのは確かです。
 それで、とっくに完成していると言われていたこのアルバムがなかなかリリースされない状況は、心配ではあったんですが、ともかくアルバムはこうして世に出ました。興味を持った人は、是非聴いてみてほしいです。


 んじゃ、動画を貼り付けながら行きますかね。まー、意訳というか、あくまでも俺はこんな感じで解釈しましたよ、くらいに受け取ってもらえれば。途中を省略したり、順番が変わっちゃってるところもあるので、悪しからず。元の英語の歌詞はこの辺で。→ http://www.plyrics.com/a/againstme.html

 あなたの言うことははっきりしてる/女の子にしては広すぎる肩幅が忘れさせてはくれないんだ/自分の出自のことを
 あなたの体には女性器はないし/ぷりぷりしたヒップもない/そう明白だね/でも、私たちは自分が生まれついたような姿のままでは生きられない
 あなたは彼らにサマードレスの裾に形に気付いてほしい/他の女の子と同じように見てほしい/彼らはあなたをオカマとしてしか見ないし/まるで病気をうつされるのを恐れるかのように息を止めるんだ
 荒波が打ち寄せる海岸で/一日中過ごせたらよかったのに/あなたと二人きりで
("Transgender Dysphoria Blues")

↑アルバムの冒頭を飾る曲です。


ドレスアップしても行くべきところがない/あなたは一人で街を行く/次はこうして一人で行かなくてもよくなるようにと願いながら
今夜は誰が家まで送ってくれるだろう?/神様はトランスセクシュアルの心も祝福してくれる?/入れ違えられた魂の真の反逆者
生まれてもいないのに、死んだも同然/眠るときには銃を手放せない/死ぬまでそれを続けるんだ/静脈を切り裂いて、あなたは血まみれ
あなたは母親になるべきで/妻になるべきで/何年も前にここから離れて/違う人生を歩むべきだった
("True Trans Soul Rebel")

↑こちらは2曲目。


 体育会系の奴らと一緒に酔っ払って/オカマ連中を笑ってる/男の一人として/ペニスをしごきながら
 これが俺の人生/あいつらの一人だったんだ
 ビッチたちを見つめて/みんなとファックして/中出しする
 これが俺の人生/あいつらの一員だったんだ
 俺とお前は違うんだ/俺とお前は
("Drinking With The Jocks")

↑これは4曲目。
 どれも、トランスジェンダーの孤独や苦しみを描いた曲です。心と体を切り裂かれたような違和感を抱えながら、周囲の無理解に振り回され、そして、自分自身を偽って生きてきたという「物語」です。そして、これはローラ・ジェーン・グレースの個人的な体験や心情を描写ものであるのと同時に、「自分を抑圧するものに抗おうともがく」という多くの人に共通する普遍的なテーマを歌ったものでもあります。(そうした経験がないという人がもしいれば、その人はずば抜けた幸運の持ち主でしょう。)


 わたしはもうそんな風に話すのはいやだ/みんながそれが好きだなんて知りたくない/まるで何か義務があるとか/おまえに何かを背負わされてるかのように
 わたしをを黒く塗りつぶせ/おまえの家の壁に小便をひっかけて/太ったおまえの指から真鍮の指輪を切り取ってしまいたい/おまえはまるで権力者のように/わたしを黒く塗りつぶす
 わたしはもう世界をそんな風に見たくない/弱さや不安を感じたくない/おまえがわたしのポン引きで/わたしがおまえの売春婦であるかのように
("Black Me Out")

↑これがアルバムの最後の曲。
 最後まで歌詞を見ると、反戦や反権力といったメッセージを読み取ることができますし、それが自然かもしれません。けれども、俺にはこれは自分の中に染み付いてしまった偏見や過去の価値観からの決別を宣言しているようにも聞こえるんですね。自分を縛り付けて苦しめてきた、世間の偏見や差別から自由になって、それらと戦うという決意表明というか。月並みな言い方しかできませんが、俺は感動しました。
 俺は、このアルバムが、抑圧を感じる多くの人に寄り添ってくれる作品だと思います。身近にこうしたロールモデルが存在しないがゆえに苦しんでいる人たちに、これが届くことを願わずにはいられません。

筋トレ&有酸素運動を始めてもうすぐ5ヶ月経つけど、現時点での結果

 BMI*1が25を切ったら何か書こうと思って、なかなか書けずにいたのですが、何とか書き上げたのでアップします。
 あ、1月も残り僅かですが、明けましておめでとうございます。今年もブログの更新はたまに思い出したようにするだけだと思いますが、よろしくお願いします。


 いきなり、BMIの話から始めてしまいましたが、そもそも減量を目的として筋トレを始めたわけではないです。
 俺の身長はだいたい178cm。体重は、ここ数年は85〜90kgの辺りをウロウロしていました。それで特に生活に支障を感じることもなかったのですが、一昨年の後半くらいから徐々に増え始めて、昨年の初め頃には95kg超え。BMIはほぼ30。日本肥満学会*2の基準*3で肥満2度に入っちゃう。さすがにこれはまずいなーと思って、食べる量をきもーち減らしてみたところ、6月ごろの仕事場の健康診断の時には2〜3kg減っていました。これでぎりぎり肥満1度に。でもBMIは29超。
 それでも「これで別にいいか」と思って過ごしていたら、8月頃にちょっと重たい物を持ち上げようとした際に、ぎっくり腰をやっちゃった。ぎっくり腰自体は前にもやっていたので、体重云々との直接的な関係があるかは分からないです*4。ただ、これは筋力が衰えてきているというのは間違いなくあるな、ぎっくり腰じゃなくてもちょっと生活に支障を感じるレベルになってきたわ、と思ったんですね。
 それで、じゃあ、ちょっと筋トレでもやってみるか、と。なので、この時点では目的はあくまでも筋力アップ。実際に始めたのが、昨年の9月の頭。
 最初の数日は自己流でやっていたんですが、効果があるかどうか分からんなーと思って、古書店で(というかブックオフで)関連本を探して見つけたのが、これ。↓

1日10分〈クイック→スロー〉で自在に肉体改造 体脂肪が落ちるトレーニング (カラダをつくる本シリーズ)

1日10分〈クイック→スロー〉で自在に肉体改造 体脂肪が落ちるトレーニング (カラダをつくる本シリーズ)

 なんでこれを選んだかというと、古書店の中では比較的新しめ*5の刊行だったのと、自宅で出来るメニューが載ってたから。ジムに通うというのは心理的ハードルと経済的ハードルが高かったので、自宅で取り組みやすい自重系のトレーニングが多く載っているのが良かったんです。あと、スロートレーニングにも少し興味がありました。
 で、タイトルから分かる通り、これ、ダイエッター向けなんですよね。筋力アップが目的とは言っても、それに加えて減量もできるならラッキー、くらいの思いはありました、正直。
 結果から言うと、減量としては今のところ成功している、まー、成功しつつあると言っていいと思うんですが、それが筋トレのおかげかというと微妙だな、と思います。肝心の筋力アップはどうかと言えば、少しはアップしてるんじゃないかな、程度。ただ、筋トレ無しで減量していったら、まず間違いなく筋力は低下していっただろう、とも思います。
 それがどういうことかは後で述べるとして、まずは具体的にこれまで俺がどういうことをやってきたのかを書きます。


 まずは、上記の本の中の一番軽いメニューからスタート。俺は中学・高校とハンドボール部に入っていて、一応運動経験があると言えばあるんですが、そこから遠ざかって久しいので、ほとんど運動経験がない人でもここから始めましょう、というレベルからの出発。プッシュアップ(いわゆる腕立て伏せ)も膝をついてやる、というところから。それでも結構きつい。
 スロートレーニングというトレーニング法ですが、この本の紹介するやり方は「3秒で上げて、3秒で下げる」というもの。スローを意識しないでだったら、プッシュアップも膝をつかずに10数回は連続でやれていたんですが、このやり方だと、最初は膝をついて5〜6回でももう死にそうになりました。この限界の回数を少しずつ増やしていくことを意識しながら、一通りのメニューを1セット、1日置きにやるという感じ。この本だけでなく、他の情報も見ていくと、筋トレは1〜3日空けて取り組んだ方がいいという話が出てくるんですが、俺の場合は、「これはそんなに負荷も大きくないし、そこまで間を空けなくてもいいだろう」と、筋肉痛が取れていれば、中1日で十分と判断しました。あくまで、俺の場合は、ですね。
 当初はトレーニング器具は使用していませんでしたが、1〜2週間後にダンベルだけは購入して、それを使ったトレーニングをメニューに加えました。
 あと、個人的に重要だったのは、腰を痛めるのを避けるために、腹筋運動に関してはこの本で推奨されているクランチ(や古典的な腹筋運動であるシットアップ)はやっていません。代替として、レッグレイズ(ただし、腰を持ち上げるところまではいかない)、プランク、サイドプランク、バードドッグなど。特に後の3つは体幹を鍛えるというか、背骨を支える筋肉を鍛えるものですね*6。この辺も若干自己流が入っています。
 これに加えて、有酸素運動も取り入れたのですが、それもこの本に「有酸素運動をやるなら、筋トレ後に。10分くらい散歩するだけでも効果的」という趣旨のことが書いてあったのに触発されたから。でも、実際に俺が運動をやれる時間帯は仕事が終わって帰宅してからで、そのくらいの時間でもウォーキングなどをやっている人も居るのは知っていますが、外に出るのはなんか億劫だな、と。んじゃ、10分の散歩でもいいなら、10分の踏み台昇降でもいいだろ、と、自宅内の段差を利用して、踏み台昇降運動もだいたい同じ時期に開始。
 これもだんだん時間を延ばしていったんですが、あまり飛ばしすぎても、逆に続かなくなるなという気がして、とにかく続けるのを優先しよう、ほんの短時間でもなるべく毎日やろう、というつもりでやってきました。テンポも意識した方がいいのかもしれませんが、細かいことはこだわらない、それよりとにかく続けよう、と。
 というわけで、筋トレと有酸素運動を並行して進めるようになりました。筋トレが1日置きで、踏み台昇降はなるべく毎日。これも結果的に、ということなんですが、自宅内で全部完結できるメニューを組んだことで、「暑いから・寒いから・天気が悪いから・外が暗いから(時間が遅いから)」といったことがサボる理由にならなくなったというのは、運動を続けるうえでは良かったですね。


 で、これらを始めてから少し経過した頃に、有酸素運動の消費カロリーってどんなもんだろうかと思って、ちょっと調べてみたんですね。そうしたら、これは全然たいしたことがないわけですよ。踏み台昇降を30分やって、200何十キロカロリー程度。20分でも150キロカロリー行くかどうか。10分なら100を切る。これ、スナック菓子とかをちょっと食べすぎたらもうオーバーしてしまう、自分なりに必死になって取り組んだ運動がなかったことになっちゃうんですよね。間食に菓子パンとか食べていたこともあるわけですが、それだと運動がなかったことになるだけじゃなくて、さらにカロリー過多になってしまうという。そう意識しだすと、間食ができなくなりましたね、もったいなくて。
 ということで、筋力アップが目的と言いながら、実質的に食事制限も始めたかっこうです。間食を無くしたのに加えて、普段の食事も炭水化物を摂りすぎてたんじゃないかと思って、白米の量を半分くらいにしました。とは言っても、以前は昼食で丼1杯(茶碗で2杯分くらいか)とか、夕食でも茶碗に大盛り2杯分くらい食べていたので、それが普通の量になった程度のことなんですが。ただし、以前に比べてどの程度減らしたか、ということは意識していますが、現在の食事の摂取カロリーがどの程度のものかということまでは考えていません。めんどくさくて。基本的には出されたおかずは全部食べています。もともとうちの食事はバランスはいい方だと思いますし。
 今でも何とかこれは続いています。そうは言ってもお菓子が食べたい時もあるわけで、休日だけはうちの子供たちがおやつを摂っているときに、一緒につまんだりはしています。あと、菓子パンも間食ではなく、食事の代替としてならOKという自分の中のルールを作っているので、食べたいものが食べられないという不満やストレスはあんまり感じていません。


 というわけで、実質的に減量にも取り組んでいることになっちゃってるわけですが、自分の意識が変わったきっかけもあって、それが9月末頃から10月初めごろにかけてあった、町内会や子供会といった地域コミュニティの運動会に参加したことです。筋トレを始めてから数週間は経っているので、自分の中のイメージとしては「それなりに(前よりは)動けるだろう」というのがあったのですが、これがやってみると全然ダメ。まず走れない。動きに切れがない。この辺で、運動する目的が「運動会で活躍したい」に変わってしまいました。だから、そのためには減量も真剣に取り組んだ方がいいな、と。
 減量自体が目的になると、苦行みたいなことになりそうな気がして、個人的には何か別の目標があった方がいいなと思っています。とりあえず、それが「運動会」になった、というわけですね。


 …というようなことを4ヶ月半、もうすぐ5か月、と続けてきたのですが、結果はどうなったかというと、現在の体重がおおよそ76〜77kg。BMIで24を少し超える辺り。先述の日本肥満学会の基準では一応「普通体重」に入りました。運動開始時点の体重を93kgとすると、16〜17kg落ちたことになります。月3〜4kgずつ減っている計算になりますね。実際、途中で風邪をひいて体調を崩した時と、正月休み期間中(通勤に伴う消費カロリーが減ったのと、おせちなんかをつい食べ過ぎてしまった)を除けば、だいたい週1kgのペースで体重は落ちてきています。ペースが速すぎて、リバウンドの懸念もあり、まだまだ気は抜けませんが、まー、そんな感じです。特に健康上の問題は感じませんし、むしろ調子はいいんじゃないかという気がしています。
 俺の身長だと、標準体重(BMI22)は70kg弱ということになるので、今、運動や食事制限をやめる理由もないですし、その気もないです。今後は「運動会での活躍」に向けて(笑)、ダッシュなんかもトレーニングに取り入れたいと考えています。
 体重が80kgを切ったのは数年ぶり(6〜7年ぶりかな)なんですが、さすがに見た目の体型も変わってきて、運動開始以前には着られなかった昔の服なんかも着られるようになったりして、それは結構嬉しいもんですね。

 

 ところで、ここまで体重が落ちてきたメカニズムというとおおげさですが、その内訳はどんなものなんでしょうか。
 ネット上の情報だと、体重1kg落とすのには約7000キロカロリー消費しないといけないらしい。調子がいいときで週1kgのペースで落ちてたということは、1日当たり1000キロカロリーくらい(以前より余分に)消費するか、摂取カロリーを減らしていたということですかね。前述の通り、踏み台昇降の消費カロリーはたいしたことはなく、多めに見積もっても1日平均200キロカロリーくらい。ということは、800キロカロリーくらいは、以前に比べて摂取カロリーが減っているみたいですね。要するに、やっぱり前は食べすぎだったんだろ、お前、という話ですね。「食事の量は普通」という人が同じことをやろうとすると、かなり危険なような気はします。
 でも、本当に1日当たり800キロカロリーも減らせているのだとすると、それだけで体重は月3kgちょっとは落とせる計算にはなります。だったら、それに加えてきつい筋トレやめんどうな有酸素運動までやらなくてもいいんじゃないか、という考えも湧いてきそうですが、俺は全然そうは思わないのです。
 というのは、体重が落ちるということは、同時に筋肉も落ちているということでもあるからなんですよね。上記の本には、「食事制限だけで減量すると、脂肪よりも、まず筋肉から落ちていく」という趣旨のことが書いてあります。筋肉を動かすのには他の部位よりも多くのカロリーを必要とするため、体が飢餓を感じると、言わば「燃費の悪い」部位である筋肉から先に減らそうとする、というのです。すると、見た目の体重が減っても、体脂肪率は上がってしまいリバウンドしやすくなってしまう、という理屈です。
 この理屈が正しいかどうかは脇に置いても、体重が減っていくのに脂肪だけが落ちるということは無いだろう、運動を全くしなければ、少なくとも筋力がアップすることは絶対無いな、というのはこれまで筋トレをやってきた実感に照らしてもそう思います。
 自重系のトレーニングの宿命でもあるんですが、減量して体重が減るとその分負荷も減ります。ということは、同じトレーニングでも、負荷を徐々に大きくしていくことを意識しないと、筋力アップに繋がらないんですね。ということを考慮しても、数ヶ月かけて筋トレをした結果は、少しはアップしたかな、程度なわけです。
 この短期間の間でもトレーニングメニューをちょこちょこ見直して、1日おきにやっていたメニューを2つに分けて「メニューAの日→メニューBの日→有酸素運動だけの日」として、さらに2セットずつ行うという形にしたり、プッシュアップを膝をつくやり方から膝をつかないやり方に変えたりして、負荷を自分なりに増やすよう調整はしてきているんですが、それでもなかなか思うような成果まで至らない。簡単に言えば、「それでも負荷が足りない」ということなんでしょうが、これは、体重が減る際には筋肉も落ちている、今の筋トレはそれをなんとか食い止めて少しだけプラスがある程度、ということなんだろうというのが俺の理解です。なので、筋トレをやらなければ、きっと筋力はかなり落ちていたはずだろうな、と。
 とはいえ、週1kgのペースでの減量というのは、そういつまでも続くものではなく、どこかでバランスするだろうと思っています。現に、ここ最近は減量のペースが鈍っているようにも感じますし、減量の底が見えてきたら、今度は逆に筋力アップの方にも期待したいですね。(標準体重まで落ちれば、それはそれで嬉しいが、普通体重に収まっていれば、それほどこだわらない。)
 さらに付け加えると、脂肪というのは、減らしたいところだけ減らすのはどうも無理っぽい感じです。あくまでも俺の場合はということですが、皮下脂肪は体全体で少しずつ減っているように感じます。だから、腹回りだけなんとかしたいというのは無理で、ましてや腹筋だけ重点的に鍛えたら腹がへっこむということもないでしょうね。


 さて、ここまで書いてきて、俺にとっての筋トレのメリットについて「現状の筋力維持プラスアルファ」くらいしか触れていませんが、それだけでもありません。体幹を意識したトレーニングを続けてきた結果だと思うのですが、いわゆる「良い姿勢」を保つのが楽になってきました。運動中でも猫背になりがちだったのが、自然と背筋を伸ばして行えるようになりましたね。重いものを持つのも(油断はできませんが)楽になりました。あと、いろいろ筋トレをやって翌日は筋肉痛になってというのを繰り返していくと、「生きるというのは、筋肉を使うことなんだなー」などと実感したりしますね。これは別にメリットではないか。
 それから、これは有酸素運動の成果だろうと思うのですが、朝の出勤の時に、自宅から最寄り駅まで行く途中に多少走ったりしても(ジョギング程度のスピードですが)、あんまり息切れをしなくなりました。最近は、特に走らないと間に合わないという時間でなくとも、わざと走ったりすることもあります。そういうことがちょっとずつ楽しくなってきたんですね。生活のスタイルそのものが少し変わってきてる。
 他に何か書き忘れたことはないかな。あー、そうそう、プロテインも試してはいますが、効果のほどはよく分かりません。無くても大きくは変わらないかも。大豆プロテイン(きな粉から旨味と脂肪分を除いたような代物)を飲んでますが、んー、食事の前に摂ると結構腹が膨れるので、食べ過ぎ防止には役立つかな。
 と、相変わらずグダグダと書いてきましたが、だいたいこんな感じで現状は推移しています。今後も無理のない範囲で頑張ってやっていきたいですね。
 あ、最後にひとつだけ。ここに書いたやり方というのは、俺が体重以外は概ね健康で、高血圧やその他の症状も特にないから問題なかったという可能性が高いです。これを参考にしていただくのは構いませんし、そうしてもらえたらいいなという気持ちもあって書いてきましたが、何らかのリスクを持っていらっしゃる方や、そうでない方も十分ご注意を。

*1:ボディマス指数 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%9E%E3%82%B9%E6%8C%87%E6%95%B0

*2:公式サイト http://www.jasso.or.jp/index.html

*3:「肥満の判定と肥満症の診断基準について」(PDF) http://www.jasso.or.jp/data/message/message_0901.pdf

*4:ちなみにぎっくり腰ではなく慢性腰痛の場合は、85%は原因不明だそうですよ。 http://www1.nhk.or.jp/asaichi/2011/11/30/01.html

*5:Amazonの情報だと2005年刊なんだけど、俺が入手した本の奥付だと2010年刊になっています。でも、内容はほとんど同じみたいなので、俺が持っているのは新装版、ということみたい。

*6:参考→ http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2013/09/post-9700.html http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20130912/1378993818

2013年 私的ベスト10+α(洋楽邦楽問わず)

年に数回しか更新しなくなった当ブログですが、昨年に引き続き、音楽アルバムの私的ベストをお送りします。去年に比べると、新作を聴く量は若干減ったように思うので、今年は俺が聴いた音楽の中から国内・国外問わず10作を選びました。順位付けはあんまり意味がないかという気もしながら、それも含めての遊び、ということで。一応、2013年にリリースされた作品限定です。
その前に、ちょっと書いとくと、2012年のベストを選んだあとに今年に入って聴いた2012年にリリースされた作品で、ベストに選んでも良かったなー、と思ったのは、…And You Will Know Us By The Trail Of Dead、eastern youth、MAMADRIVEなどの各アルバムでした。
では、今回はもったいぶらずに1位から書いていきます。


1位 bloodthirsty butchers 『youth (青春)』

youth(青春)

youth(青春)

1~3位の順番はだいぶ迷ったんですが、やはりこれを選ぶしかないな、と。ブッチャーズに今年起きたとても悲しい出来事については、既にこのブログでも書いたので繰り返しません。そして、このアルバムはそんなことを頭から追い出して聴くべき作品です。
1曲目のイントロが鳴った瞬間から、吉村氏が自画自賛されていた「音像」の圧倒的な素晴らしさにやられます。俺がここ最近よく聴くようになったポストロック周辺や、ポストハードコア、あるいはポストメタルあたりまでひっくるめた、サウンドをひたすら強化していく方向性の極点にある音像だ、と言っても過言ではないと感じます。
そして、歌メロや歌詞を含めた楽曲そのものについては、それこそエレカシTHE BACK HORNBRAHMAN辺りのファン(って、俺もそうだ)にも十分アピールするであろうポップさを持っていると思います。
今、ブッチャーズの最高傑作を選ぶなら、迷うことなくこのアルバムを選びますし、2010年代を代表するロックアルバムでしょうし、俺にとってのオールタイムベストにも入る作品だと確信しています。


2位 THE CREATOR OF 『LIGHT』

LIGHT

LIGHT

個人的にTwitterでもずっとプッシュし続けているTCOが、ついに11年ぶりのフルアルバムをリリースしてくれました! YouTubeSoundCloudなどで惜しげもなく公開される新曲群から、アルバムの方向性はだいたい分かっていたとはいえ、やはりこうしてアルバムとしてまとまった形で聴けるというのは格別のものですし、単純に嬉しいです。
グランジ/オルタナティヴロックの強い影響下からキャリアをスタートさせたバンドだという印象を以前は持っていましたが、徐々にポストロック的なアプローチを取り入れていき、この作品で聴けるのは数曲を除いてインストゥルメンタルが大半を占める、もうポストロックそのものと言っていいサウンドです。かといって、単純にモグワイのような音楽そのままという訳ではなく(モグワイのファンにも十二分にアピールするでしょうが)、TCOがこれまで培ってきた唯一無二のへヴィロック精神の延長にあるものです。傑作。
なかなかライブで体験することができていないんですが、2014年には名古屋でも是非ライブをやってほしいです!


3位 downy 『無題』(第五作品集)

downy 第五作品集『無題』

downy 第五作品集『無題』

 もう、傑作傑作と繰り返していますが、これも傑作。だって本当にそうなんだから仕方ない。俺は、このバンドは9年前に出た前作で知って、それもずいぶん聴き込んだ記憶がありますが、それ以来のリリースですね。
 このアルバムを聴きながら、頭に浮かんだのは「インダストリアル・メタル、いや、これもポストロックではあるか…、あー、やっぱりプログレ?」というものでした。Twitterでそう書いたら「ゴスでもあるんでは」というリプライがあり、そうかもなー、などと思いましたが。
冗談抜きで「21世紀型キングクリムゾン」はこのバンドなんじゃないかな、と思っています。このバンドもライブはレアなんで、なかなか体験する機会がないんですが、いっそTCOと名古屋で対バンでもしてくれたら楽しいんじゃないでしょうか、主に俺が。


4位 朝日美穂 『ひつじ雲』

ひつじ雲

ひつじ雲

 朝日美穂さんの新作もずいぶん待ったような気がしますが、これも待った甲斐がある素晴らしい作品でした。
今回の俺のセレクトの中では、異色といっていいポップス寄りの音楽ではあるんですが、なんというか、これもある意味で非常にプログレ的な面白さがある音楽だし、聴くたびに発見のある音楽なんですね。ポップミュージックもへヴィロック同様、まだまだ掘り下げたり進化したりしていく可能性のある音楽なんだと考えています。


5位 Sigur Ros 『Kveikur』

Kveikur

Kveikur

 やっと、洋楽が出てきた。でも、非英米圏。このバンドの音楽を真剣に聴いたのはこれが初めてかもしれない。10年以上前に、このバンドのCDを友人に借りて聴いたときは正直眠かったんですが、こっちの耳も変わったのか。いや、単純にかっこいいです。ポストロックの王道といえば、こういうものなんですかね。1曲目の「Brennisteinn」が特に好きです。


6位 Deafheaven 『Sunbather』

Sunbather

Sunbather

 今年のベストメタルと各所で絶賛されているデフヘヴンですね。ジャンルで言うとシューゲイジングブラックメタルですか。一言でいえば、マイブラみたいな轟音ギターサウンドにブラストビートがミックスされて、ボーカルがひたすらグロウルする音楽です。 
俺は最初にこのバンドの音源に触れた時はポストハードコアのバンドだと思い込んでました。そして、このアルバムを聴いて持った感想は、「お前ら、そんなにenvyが好きか」というものでした。envyは日本のポストハードコアのバンドです。デフヘヴンが好きでenvyを知らない方がもしいらっしゃったら、そちらもどうぞ。
『Sunbather』はもちろん最高のアルバムです。


7位 Black Sabbath 『13』

13: Deluxe Edition

13: Deluxe Edition

 オジーとアイオミ先生とギーザー・バトラーとブラッド・ウィルク(Rage Against The Machine)という面子で作られたサバスの新作。これが昔のサバスの焼き直しかというと全然そうではなく、モダンなメタルサウンドもしっかり踏まえた音像を獲得していて、俺は感動しましたよ。(ちなみに、後追いで聴いた、Heaven & Hellの『The Devil You Know』もそういう作品でした。)


8位 Pearl JamLightning Bolt

Lightning Bolt

Lightning Bolt

 前作『Backsapcer』の時も感じましたが、この人たちの鳴らす音は衰えないどころかむしろ若くなってるんじゃいないか?と。容姿はばっちり衰えてというか、すっかりおっさんたちですが、パンキッシュな曲が多いのは単純に燃えます。ベテランが守りに入らず、こういう作品をリリースしてくれるのは嬉しいですね。


9位 Pelican 『Forever Becoming』

FOREVER BECOMING (フォーエヴァー・ビカミング: +bonus disc)

FOREVER BECOMING (フォーエヴァー・ビカミング: +bonus disc)

今年の最後の方に聴いて、ここに割り込んできたインストゥルメンタルポストメタルの雄。メタルやロックの肝は歌よりもリフだろうと思う人は、聴きましょう。

10位 Nine Inch Nails 『Hesitation Marks』

Hesitation Marks(デラックス盤)

Hesitation Marks(デラックス盤)

 NINのここ数作の中では一番好きなアルバムになりました。
先行の音源がSoundCloudなどで公開された時は、「これは数年ぶり(十数年ぶり?)に傑作の予感?」と思わされ、実際にアルバムがリリースされると「うーん、もうちょっとイケたんでは?」となったんですが、何度も繰り返し聴くうちに、これは噛めば噛むほど味が出るスルメアルバムだな、となりました。エレクトロニックなアプローチをとりながらも、トレント・レズナーが歌うとどうしてもロックになるもんだな、と。



あとは、おまけで11~20位も選んでみたので、ご紹介。この辺はベスト10に選んでもおかしくなかったものですね。(もちろんこれら以外にも好きな作品はたくさんあるんですが、キリがないので、とりあえずこんなところで。)
11位 Queens Of The Stone Age 『…Like Clockwork』
12位 Perfume 『LEVEL3』
13位 Motorhead 『Aftershock』
14位 MAMADRIVE『愛の包丁』
15位 BOOM BOOM SATELLITES 『EMBRACE』
16位 BRAHMAN 『超克
17位 Chthonic 『武徳』
18位 Carcass 『Surgical Steel』
19位 Alice In Chains 『The Devil Put Dinosaurs Here』
20位 斉藤和義 『斉藤』『和義』
 …とまあ、全体的には、相変わらずロックやへヴィロックばかりの中にちらほらそうでもないのも混じってる、という感じですね。
 ベテランとか大御所とかロートルとか呼ばれてるような人たちが、きちんと最先端の感覚を踏まえた音楽を作っているというのも素晴らしいし、俺が今まで知らなかった若手が傑作を作っているのに触れることができた、という意味で、今年はなかなか豊作だったなー、と思います。もちろん、俺の狭い観測範囲内でのことなので、見逃してるものもいっぱいあると思いますが、それはもう仕方ないです。
 あと、今年でいうとエミネムの新作や二ール・ヤングのアーカイヴ音源なんかもまだ聴けてないので、そこらへんも気になってはいます。実際に聴けるのは2014年に入ってからかなー。2014年にリリースが決まっているものでいうと、モグワイドラゴンアッシュの新作が楽しみですね。
 音楽業界から景気のいい話題が少なくなって久しいですが、俺が聴いて盛り上がれる音楽はなんだかんだ生まれているので、来年以降もそうしたものが聴けることを願っています。
 それでは、これがおそらく今年最後の更新になると思いますので、読んでくださったみなさま、よいお年を。

吉村秀樹さんのこと

 これはやはり、どうしても書いておかないといけないことだろう、と思い、書きます。
 数日前にbloodthirsty butchers吉村秀樹さんの訃報に接して、そのあまりにも突然で早すぎる死に対して、どうリアクションしていいのかよく分からなかったのですが、少し時間が経ち、あらためて自分の気持ちを書いておこう、と。
 とはいえ、Twitterの方に、俺の個人的な思い出としてブッチャーズのことをいろいろ書いたので、ここでは繰り返しません。(一応、Twilogのリンクだけ貼っときます。→ http://twilog.org/nijuusannmiri/date-130530 )
 俺が初めてブッチャーズの音楽に触れたのは、まだ10代のとき。それから今まで、俺は、ライブがあれば必ず駆けつけるような熱心なファンではなかったけれど、ほとんどすべてのアルバムを追いかけて、常にその音楽を新しい次元へと引き上げようとする姿勢に感銘を受け続けてきました。
一番好きなアルバムを選べ、と言われれば、『kocorono』を挙げるでしょうが、それ以外の作品も全て素晴らしいと思うし、何よりも自分たちが達成した音楽の地平に、一度として安住したことがないということは、本当にすごいことで、もっと多くの人に知ってほしいことです。俺は吉村さんの人柄を直接知りうるような立場にはいませんでしたが、その音楽に対する姿勢だけでも、多くの音楽関係者から尊敬を集めるのに十分すぎるものだったのではないかと思います。
俺がブッチャーズのライブを見たのは3回。第1回のライジングサン、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンオープニングアクトをつとめた時、名古屋のライブハウスでTHE原爆オナニーズとenvyと共演した時。その全てで期待を裏切られたことはありませんでした。もっとも印象的だったのは、田渕ひさ子さんを正式メンバーに迎えた直後の、名古屋のライブハウスでの演奏の鮮烈さです。気付いたら、あれからもう10年も経ってしまいました。その後のブッチャーズの、というか、吉村さんの演奏を目にすることができなかったのが悔やまれます。
最後に、俺はTwitterで「冥福なんて祈ってやらねーよ!」と書きました。その代わりに、この世に吉村秀樹さんという稀有な音楽家がもう存在しないという事実に深い悲しみの気持ちを持っているということと、吉村さんが素晴らしい音楽を数多く生み出してくれたことに対する大きな感謝の気持ちを抱いていることをここに表します。
吉村さん、ありがとう。

『従軍慰安婦の歴史的研究-売春婦型と性的奴隷型』感想と補足といろいろ。

従軍慰安婦問題の歴史的研究―売春婦型と性的奴隷型

従軍慰安婦問題の歴史的研究―売春婦型と性的奴隷型

 読んだのは8か月前ですが。あと、この本が出たのはもう20年近く前。俺がこの本を購入したのもたしか1995年で、18年前か。この本の著者が母校の教授で、その先生の東洋史(一般教養)を受講した際に、教科書として指定されていたので買ったもの。それを17年くらいは放置してあったわけで、いや、まー、それは置いといて。
 読了した直後に内容のメモと感想をTwitterで書いていたので、今更だけど、こっちにも残しときます。んで、その後にちょこっと補足も書いてみました。
Twilogの方が見やすいので、そっちにリンクを貼っておきます。→ http://twilog.org/nijuusannmiri/date-120922
以下、2012年9月22日のツイートから。

倉橋正直『従軍慰安婦の歴史的研究-売春婦型と性的奴隷型』を読了。かなり問題が多い本だけど、限定的な部分では参考になる部分もある。以下、感想をツイート。1〜9まで、かなり長いですが。
posted at 15:53:48

感想1:まず、そもそも従軍慰安婦って何?という問題については、例えば、太平洋戦争時に米軍兵士が前線からハワイやシドニーまで引き上げて休息が与えられたのに対して、前線にはりつけられたままの日本軍の兵士の戦闘力を「安上がりに維持する手段」として存在したものだという。文字通り「慰安」。
posted at 15:54:23

感想2:その一方で、戦場近くでの売春というのは、要するに一攫千金を狙う業者などによる民間主導で始まったもの。日露戦争の時には南満州にかなりの数の日本人売春婦が入り込んでいる。軍は表立っての関与はしていないが、検黴(性病検査)体制の整備と婦人病院の設置などで、事実上支援していた。
posted at 15:54:39

感想3:ところが、これがシベリア出兵の時には米軍との共同出兵ということもあって、体面の問題で検黴体制などの整備がやりにくかった。その結果、兵士に性病が蔓延し、これへの対策として、シベリア出兵後期からは軍が積極的に関与するようになった。これが倉橋が言う「売春婦型従軍慰安婦」の起点。
posted at 15:55:26

感想4:その後、満州事変辺りから本格的な従軍慰安婦の体制ができてくる。と同時に、それまで主に日本人売春婦が中心だったところに朝鮮人売春婦も入ってくるようになる。あくまで民間主導という建前ではありながら、事実上軍が主体となって前線に兵士とともに慰安婦を送り込んでいった。
posted at 15:55:42

感想5:ここまでが「売春婦型従軍慰安婦」の説明。この流れの説明としては、この本は結構説得力がある。そして、従軍慰安婦には朝鮮人とともに日本人も居たということが自然に了解される。問題は「性的奴隷型」の方。
posted at 15:56:25

感想6:この「性的奴隷型」というのが、軍が朝鮮人女性を強制連行してむりやり慰安婦をやらせた、言わば従軍慰安婦ステロタイプなイメージのものなのだが、これが存在したことを裏付ける史料が全くないと言っていい状態にもかかわらず、「あった」と言い切っちゃてる点。これが史学的に問題。
posted at 15:56:34

感想7:むしろ史料がないことが「日本軍が証拠を徹底的に隠滅したことを示唆する」みたいなことを言ってて、正直、これはアウトだと感じた。全体的な感想としては「売春婦型の説明はかなり説得力があるし参考になるが、性的奴隷型の説明は史学的には無価値と感じた」というもの。
posted at 15:56:45

感想8:一応補足しとくと、この本の内容がアレだからと言って性的奴隷型の従軍慰安婦は存在しなかった、とは言えないが、少なくともこの本を読んでその存在を肯定することもできん、ということね。ただ、94年刊行の時点でこういう状態で、現時点で新史料が出て来たとも聞かんし、まー。
posted at 15:56:55

感想9:もう一つ付け加えとくと、性的奴隷型で無くても、売春婦型でも従軍慰安婦に対する補償はあるべきだと思うし、それは日本人慰安婦も含めて、ということになるはず。んで、慰安婦が事実上の軍属だとすると、台湾なんかも含めた軍属に対する補償の問題にもつながるわね。(感想終了
posted at 16:03:46

…ということで、ここからが補足。この倉橋本の言う「性的奴隷型」というものが、英語で言う「sex slave」と同じものを指してるのかどうかはちょっとよく分かりません。というか、この本が出た当時の文脈で言えば、この本で定義する「性的奴隷型」が「sex slave」そのものだったと思うのですが、現在ではそのニュアンスが大分変っているように思えます。狭義の「軍による強制連行」を示す確実な証拠がないとはいえ、広義の強制性は「売春婦型」でもあっただろう(つまりそれは「軍の関与した管理売春」であるということ)というのが俺の理解なんですが、それを含めて「sex slave」と言っている人も国内外問わず居るようなので、そうであれば、この本の言う「性的奴隷型」はなかったとしても、現在の文脈で言う「sex slave」は否定できないことになりそう。


おまけ。2012年9月23日のツイートより。

昨日ツイートした『従軍慰安婦の歴史的研究』の著者の倉橋正直先生、は大学時代に一般教養の東洋史と中国語の授業で直接教えていただいた方なのだが、まったくもって出来の悪い学生で申し訳ないという気持ちもありつつ、読書の感想としてはああいう風に書くしかなかった。さらに申し訳ない。(何
posted at 10:55:36


さて、これは今でもセンシティブな話題で、最近も何かと世間を騒がせてて、いろんな人がいろんなことを言ってるわけです。
今朝も産経のサイトで、「【正論】現代史家・秦郁彦 橋下発言の核心は誤っていない - MSN産経ニュース」という記事があったり。俺は秦郁彦さんの歴史学者としての業績は不勉強にしてよく知らないんですが、この記事の中にもある「業者の募集広告」による慰安婦の募集については、上記の倉橋本にも出てくる話で、それ自体は確かでしょう。それ以上の感想は産経の記事からは持ちようがないな、と思うんですが。


上に書いたことと重複しますが、「従軍慰安婦っていったい何なの」という話で、俺が考えるのは「どう安く見積もっても『軍が関与した戦地における管理売春』ということ」です。「管理売春」って何かといえば売春防止法の定義でいいんですけど、上のツイートにもあるように、衛生管理というか性病対策という面が大きい。それでも、管理売春という形態がもたらす広義の強制性の問題は大きく、たとえ賃金や対価を支払っていたとしても、人権的に問題なかったとは言えないでしょう。それはもちろん「現代の視点から見て」ということでもありますが。
だから、「従軍慰安婦」に対する補償というのはするべきだろう、と俺は思うわけです。現代の視点から見て人権的に問題のある行為に、かつて日本の軍隊が関与していたのでそれを補償します、ということ。そして、それは当然ながら、外国人慰安婦だけではなくて、日本人の慰安婦についてもそう。(そもそも、「朝鮮人」というのはその当時は「日本人」だったんですよね。)
 さらに話を広げていけば、現在の日本では法律上は管理売春は禁止されているわけですが、事実上のそれはあるわけです。それについて人身売買や人権侵害がまかり通っているのではないかという懸念を、諸外国や国内の貧困や人身売買の問題に取り組んでいる人たちが持っているようだ、ということを知ることができたのは、最近の収穫でした。
 なので、この従軍慰安婦の問題を考える延長で、日本の現在の人権状況を見直してみたらいいんじゃないかと思うんですが、なかなかそういう風に議論が発展しそうにないのがネット世論なのかなー、と思ったりします。人権問題を政治問題とごっちゃにして党派争いに持っていってしまうのは、従軍慰安婦問題も拉致問題在特会絡みもみんなそうで、いや、それ、右も左もないだろ、と思うんですよね。
 あと、慰安婦の話になると、売春婦に対するゾッとするような差別意識の露出を、いろんなところで目にしてしまうのも嫌なものですね。