零細ブログなりに、ちょっと考えて、意見を書く。

もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。: 極東ブログ
そういえば - finalventの日記
ちょっと違うんですよ - finalventの日記
上記の記事を読んで。
たぶん、finalventさんの中でも引き裂かれている部分というのはあったんだろうな。おそらく、その分裂というか矛盾する思いは、もう整理されていらっしゃるとは思うけれど。finalventさんの考えを、僕が理解し切れているとは到底思えないし、他の人がこの件に言及したものを読んでみても、正直よく分からないところがある。
それでも、自分の考えを何か書いてみるのは、少しは意味のあることかもしれない。


コメント欄を承認制にするかしないかは、問題の本質ではないように思う。というか、問題の本質とは、「コメント欄を承認制にすることくらいしか、現実的に一ブロガーとして出来ることがない」ということであって、「だったら、できることをやろう。やった方がいいよ」ということなんじゃないだろうか。
16歳の少女が自殺した原因が、「ホームページに『死ね』と書き込みされた」ことなのかどうかも、冷たい言い方をすれば、僕はあまり興味がない。しかし、誰であろうと、「死ね」などと言われていいはずがないし、「死ね」という言葉を含めた、いわゆるネガティヴコメントを受け入れなくてはならない、なんてことはないのだとは思う。
ちょっと詭弁じみたことを書くけれど、誰でも「死ね」と言う権利や自由はあるし、事実上それを規制することはできない。僕が、誰かに対してネガティブな感情をぶつけることはできる(たぶん、しないけど)。でも、それを言われる方が、相手の「死ね」と発言する自由を保障しなくちゃいけないなんてことはない。そんな義務はない。というより、そういったネガティブな言説から自分を守る権利がある。
その権利の行使の一つが、コメント欄の承認制ということ。そして、そのような機能が実装されているブログサービスを使うこと。もちろん、それを実行したところで、ネガコメの問題が全て解消するわけではないけれど、やれることはやろうよ、と。それに、「炎上」に対しては、確かに効果的だ。スパムコメントをフィルタリングするのにも便利という付録もあるし。
「お勧め」するということから、finalventさんの「これをスタンダードにしたい」という静かな、しかし強い意志を感じる。上記のリンク先の1つ目の追記部分と3つ目の文章を読めば、それがさらに明確に感じ取れる。

数千以上のPVを持ち、それなりに著名なブロガーは、他のまだ小さいブロガーなら威嚇を感じるようなクソッタレコメントにも許容を持ちます。数千以上のPVがあればクソッタレは自然発生しますし、それに許容性がなければやっていけません。
 しかし、そうした大きなブロガーが、他のブロガーだったら威嚇を感じるようなコメント、単純には、「死ね」といったようなクソッタレコメントを放置しないでくださいということもあるのです。特に、大きなPVを持つブロガーはそのクソッタレコメントを結果的にまき散らすことも許容しているのです。それをやめましょう。
 ブロガーとして、クソッタレ撲滅ルールの意志を示そうじゃないかということなのです。
(中略)
別の言い方をすれば、弾さんにお勧めしたいのは、コメント欄承認性をとならないのなら、弾さんが「ブロガーとして許せないコメントは削除しますよ」とポリシー化していただくことなんです。

もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。: 極東ブログ

僕は大したPVもなく、影響力としてはゼロだし、ブロガーとしての自覚も実を言うと(繰り返しこのブログでは書いてきたけれど)あんまりない。けれど、finalventさんのこの意見には、明確に支持を表明しておきたい。
だから、コメント欄の承認制機能のないはてなダイアリーに対しては、そのような機能を早く実装してほしい。コメント欄をはてなのユーザーに閉じる、という機能は現在もあるけれど。(ついでに言うと、書き込まれたコメントや送られてきたトラックバックを、一元的に管理できるようにしてほしい。現状だと、該当するエントリのページを開かないと編集できない仕様なので、過去のエントリに付けられたスパムコメントやスパムトラックバックに対応するのが面倒なときが多々あるから。)
そして、僕自身は、今後もここのコメント欄をはてなユーザーに閉じるとかそういったことはしないつもりだ(だって、そもそもコメントがほとんどないし)が、僕自身が不適切と判断したコメントについては、特に断りや予告することなく削除するよ、という方針を今後とっていくことにする。(今までも、実質的にはそのようにしていたのだけれど、明文化しておく。)


あと、

 はてぶコメントも、ある種耐性があればあれはあれで面白いけど、個々のブログで分散して書かれるのと集合させる、しかも所定文字以内という環境権力下で、というのは、普通の感覚ならキモイし、率直にいうと、今回のあのエントリでは自分なりにかなり乗り出して、はてなへの期待を込めた、あれはひどいよと。
 はてな好きですよ。運営もだし、「死ねばいいのに」タグを出すやつらも。はてな左翼も右翼も、総じて見ればね。緒論起こるべしだよ。ただ、言論にメタな権力を生み出す部分は環境権力的に抑制するべきだろう。

そういえば - finalventの日記

これ↑なんだけれど、きちんと理解できているか自信がないのだが、はてブを使っていると、つい、それが端から見るとキモいものである、ということを忘れてしまう、ということはある。
僕としては、はてブのコメントについても、ここのブログとなるべく繋がったものにしておきたいという考えで、サイドバーに自分がブックマークした記事を表示するようにしている。カーソルを記事へのリンクの上に持ってくると、コメントの内容が表示されるようにもなっている。だからなんだってこともないのだが、少なくとも、このブログを書いている人はこういうブクマコメントを書いてますよ、ということを読者が知ることができるようにはなっている。もう少し上手くできないかな、とも思うけど。
Twitterのポストが表示されるようになっているのも、同じような考えでだ。
言いっ放しのように書けるツールであっても、このブログからは見えるようにしておくことで、23mmといういかにも記号的なハンドルネームを持ちつつも、いろいろな側面を持った僕という一つの人格を示しておきたいのだ。それは、なんというか、そんなにたいしたものではないけれど、僕なりの責任の示し方ではある。
だからそれでいいということでは勿論なく、はてブのことは自分の中でもう少し考えたい問題。株式会社はてなにも、うっすらと期待する部分もある。


あー、あと、タイトルの「零細ブログ」というのは、僕自身が意識してそれを目指しているものでもある。零細の方が気楽だし。だからと言って、この件については無関係のふりもできないな、と思ったので、この記事を書いた。