「父と息子の物語」(『ヒックとドラゴン』と、ちょこっとだけ『インセプション』について)

先週の木曜日(8/26)に仕事の予定がぽっかり空いて、このチャンスを逃すと次は大分先だなと思ったので、休みを取って、映画を2本はしごしてきた。


1本目は『ヒックとドラゴン』。

How to Train Your Dragon

How to Train Your Dragon

これが、当たり。
登場するドラゴンたちの造形もアクションもいいし、何にも考えずに見ても、ちゃんと楽しめる作りになっている。俺もドラゴンに乗りたい!って感じ。
その一方で、解釈がいろいろできるような厚みもある。人間とドラゴンの関係については他にも深く考察してる人が居るようなので、省略。俺がここで書きたいのは、この映画が「父と息子の物語」である、ということ。
主人公のヒックはバイキングの村に住む少年。父親は偉大なバイキングのリーダーだが、ヒックは腕力もなくバイキングの子供たちの中でも「落ちこぼれ」と見なされている。ひ弱な息子は父親にとっても悩みの種だ。母親は亡くなっているらしい。しかし、ヒックは他のバイキングたちにはない、優しさや知恵があった。
ひ弱な少年が、優しさと知恵と勇気を発揮して困難を乗り越えていく、というのは少年向けの物語の王道だ。日本でも、映画のドラえもんなんかは、だいたいこのパターンだし、他にもいろいろある。
しかし、日本の子供向けの映画にはあんまりなくて、アメリカの子供向けの映画には結構よく見られるのが、この少年の成長譚に父と息子の関係を持ち込むこと。
なんというか、アメリカ映画を見ていて時々思うのが、「全ての息子は父親を乗り越えなければならない」という強迫観念みたいなものがアメリカにはあるんだな、ということ。そして、この強迫観念は「偉大な(マッチョな)父親」を持つ息子に重くのしかかるものなのだ。
ヒックも例外ではない。彼の偉大な父親は、少年にとって誇りであると同時に足枷でもある。ヒックが偉いのは、自分は父親のようにはなれないと始めから悟っていることで、であれば、正攻法ではなく別の方法を探ろうとしているところ。つまり、肉体を鍛えることよりも、知恵を働かせようとしているところ。
その過程の中で、彼はドラゴンについて他のバイキングとは異なる見解に達し、それを実践に生かそうとする。それは同時に、バイキングの象徴たる父親との対立を意味している。物語の終盤の大活劇に至る背景には、こうした父子の緊張関係があるのだ。*1
そして、物語の結末においては、この父と息子がどのように和解するのかというのも大きなポイントになっている。息子は大きな犠牲を払い、父親は息子の行動と思想を受け入れ、物語の中のバイキングの歴史を大きく転換させる。ある意味で、玉虫色の結末になりかねないこの手の話で、この辺りの処理の仕方は素晴らしく、深みのあるものになっていた。


で、もう少し、この「父と息子の物語」について考えてみたいのだけれど、アメリカにピクサーやドリームワークスがあるのに対して、日本にはジブリがあるわけだが、ジブリの作品というか、宮崎駿監督作品には、この父子の緊張関係というのは見事に抜け落ちているように思える。これって、なんなんだろう。
そもそも、ジブリ作品に出てくる少年たちは父親の存在が希薄だ。コナン(『未来少年コナン』)もパズー(『天空の城ラピュタ』)もアシタカ(『もののけ姫』)も孤児のようだし、宗助の父親は存在を確認することはできるが、ほぼ不在だ。*2これは、宮崎作品に限って言えば、監督の興味の方向がそういうものなんだな、ということで片付けられるが、父子関係がきちんと描かれるアニメ作品というのは他にもあんまり思いつかない。
エヴァ』というのはあれはあれで重苦しい父子関係が描かれるけれど、息子にとっては不在であった父親との葛藤、というものではないだろうか。
どうも、日本では「父親は息子にとっては不在」というのが物語のデフォルトになっている気がする。*3
ここら辺は、日本とアメリカ(あるいはヨーロッパもか)の文化や宗教の違いというのも大きいように思うのだけれど、俺の中でも上手く整理できていないので、誰か詳しい人に考察してもらいたいなー、と思う。ちょっと思いついたのは、「日本では仕事に没頭して家庭を顧みない父親というのが多くて、それがフィクションの世界にも反映されてるのかな」とか、あるいは、もっと根深い歴史的な問題なのかな、とか。
一応断っておくと、「父と息子の物語」がない日本の映画はアメリカ映画に比べてダメだとか、そういうことを俺は言いたいわけではない。両者の違いがどこから来るのかが興味深い、ということ。


んで、2本目が『インセプション』。

これも当たり。
クリストファー・ノーラン節炸裂の、めくるめく映像体験、みたいな。結構無茶な話なんだけど、それに説得力を持たせる力技が楽しい。
この映画を見た後、劇場を出たときに、多分誰もが考えることは一つで、まさに映画的な観客同士の一体感を味わわせてくれる傑作じゃないかと思う。
ところで、この作品の重要なサブストーリーの一つに、実は「父と息子の物語」が組み込まれている。これを見ながら、俺は、「息子は父親を乗り越えなくてはいけない」というオブセッションは相当根深いんだな、と思った。
ま、そういうこと。

*1:他にぱっと思いつく例は、ディズニーの『チキン・リトル』やピクサーの『レミーのおいしいレストラン』などにも似たような父子の緊張関係がある。作品の出来は別として。『レミー(略)』は大好きな作品だし、傑作だと思うけどね。

*2:逆に、母親や母性というものについては繰り返し描かれているし、『ポニョ』というのはその集大成的な作品だろう。そして、反対に『ヒック』『チキン・リトル』『レミー』には、母親が不在だ。

*3:『トトロ』や『魔女の宅急便』にはわりとちゃんとした父親が登場するが、あれは「娘を守る(受け入れる)父親」であって、「息子と対立する父親」ではない。