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今日のひとりごとに近い何か。

日記

何か言及したいことがあった気がするのだが、今ひとつ気分が乗らない。
ポジティヴでも、ネガティヴでもどっちでもいいよ。どっちにしても、疲れてるな、と感じたら、肩の力を抜いてネットからも離れて、喫茶店でコーヒーでも飲みながら無為に過ごしてみたらいい。
自分のやり方は自分にしか見つけられないから、というより、自分は自分のやり方しか出来ないのだから、悪い言い方をすれば、もう諦めて、良い言い方をすれば、自分に正面から向き合うしかない。それは面倒くさくて、できれば避けたくて、人によっては少しの努力は必要かもしれない。でも、一度そこを乗り越えれば、しばらくの間は結構平気だ。次の壁はいずれぶち当たるけれど、まぁ、当たらないかもしれないくらいに考えててもいい。身構えていてもいなくても、壁に当たったらやることはそんなに違わない。
近道とか、一発逆転とかそういうのを狙うのもいいし、狙ったまま一生を終えても、死ぬ時に「そこそこ楽しかったな」と思えればいいや、とか。
人生に賞味期限はあるのか。あるといえばあるのだろうけど、期限が過ぎても、気の持ちようでわりとどうにかなりそうな気もする。焦るとろくなことがないので、早まらないで、とか言いたいような気もするけれど、それは大きなお世話の類の話か。お世話ついでに、30年くらい苦しんできて今それを変えないとって焦るのも無理からぬこととは思うけれど、そんなに簡単には変えられないからさ、のんびり構えた方がいいよ。そしたら、たぶん、その方が早く変われると思うんだよね。
話がさらにとっ散らかるけど、俺って自分の人生を切り拓いてきたって感覚があんまりない。なんというか、その時その時の出会いとか偶然とかに、ものすごく振り回されてきたって気がする。自分が努力して頑張ったことは、今のところあんまり報われてなくて、偶然に転がされた時の方が上手くいってたり、もうそういう人生なのかもしれないな、って思うこともある。
端から見ると、たぶんそれなりに苦労の多い人生だと思うし、その渦中にいるときはやっぱり苦しいもんだけど、無為に過ごす時間は確保している。息抜きというより、自分の人生はその無為の時間のためにあるし、無為の時間を生きるために日々頑張ったり苦労したりしているようなところもある。なんだ、結局がんばるのか。