つくば市の件について、ちょっと

えっと、これですね。↓

東京電力福島第1原発の事故後に福島県から避難し、茨城県つくば市に転入しようとした人に対し、市が放射線の影響を調べるスクリーニングを受けることを求めたり、受けたことを証明する書類の提出を求めていたことが19日、分かった。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011041901000492.html

これの何が問題か。

放射能のスクリーニング検査はあくまでも被曝した当人の安心のために行なわれるものであって、他人が「証明書」を要求するたぐいのものではありません。証明書を要求すること自体、被曝の意味をまったく理解していないのだし、差別ですよ。

kikulog

ま、そうでしょうね。
で、問題は、つくば市がこれを組織的に(市ぐるみで)行ったのか、それとも、市の命令系統のどこかで行き違いや齟齬があってこういう結果になってしまったのか、ということ。つまり、そもそもの市の方針に問題があったのか、現場(窓口)での運用の問題なのか、と。これは、どちらにせよ問題であることには変わりないと言えばそうですが、批判するベクトルが大きく変わることだと考えるわけです。
それで、結論を先に書いておくと、他の報道やつくば市の説明などにも目を通してみた結果としては、これは後者なんじゃないの、というのが俺の感触です。つまり、つくば市の説明を疑う理由はあんまりないなー、と。


では、各紙の報道内容を比較してみましょう。

つくば市によると、検査を要請した文書は市民課が作成し、転入者を受け付ける「窓口センター」に課長名で3月17日に通達された福島県から避難して市に転入する人について「(県内の)土浦保健所にて、放射線に関する検査をしていただく。検査終了後問題がなければ、通常の手続き」と明記している。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011041901000492.html

はい、中日新聞共同通信から買った記事らしいですが)のこの記事を読むと、つくば市が市民課の課長名での通知を3月17日に出して、その中に「(県内の)土浦保健所にて、放射線に関する検査をしていただく。検査終了後問題がなければ、通常の手続き」とあった、としか読めません。これは、大問題だ。これが本当なら「市ぐるみ」の問題だ、ということになります。
他の報道も見ます。

つくば市の説明によると、3月17日、市民課長名で「転入手続きについて」と題する通知を各窓口に配布。この中で、福島県からの転入者について「保健所で放射線に関する検査をしていただく。検査終了後、問題がなければ通常の手続き」と指示していた。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110420-OYT1T00052.htm

ということで、読売新聞も中日新聞と同様。

 つくば市が、福島県からの転入者に対して東京電力福島第1原発事故の影響を懸念し、放射線量検査(スクリーニング)を求めた問題で、担当課長は3月17日付の文書でこうした方針を職員に通知していた。通知から1カ月余過ぎて事実を知った災害対策本部長を兼務する市原健一市長は19日、会見し「本部と担当で考え方に若干ずれがあった」と釈明した。

 会見で市原市長は「スクリーニングは義務や強制ではなく、市民や本人の安心を考慮し、お願いしていた。差別につながるとの意識はまったくなかった」と強調。一方、「担当者が文書を作って配布したとの報告は当時はなかった」と組織として対応に問題があったとの認識を示した

 この問題は、仙台市から転入手続きをした男性が今月11日、同市大穂窓口センターを訪れ、職員から線量証明書の提示を求められ抗議したのが発端。福島県以外からの転入は、通常の手続きを取る規定だったが、市市民課によると、職員が勘違いしたという。

 内部文書には、福島県からの転入者手続きについて「被災後であれば土浦保健所にて、放射線に関する検査をしていただく」と記載されていた。抗議を受け検査を求める方針を全面撤回した。

http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110420ddlk08040208000c.html

毎日新聞のこの記事はちょっと慎重に見ましょう。
3月17日につくば市が(おそらく市民課課長の)通知を出したということは、他紙と同じ。しかし、「被災後であれば土浦保健所にて、放射線に関する検査をしていただく」と記載されていたのは、「内部文書」だという。これは、結構重要なポイントです。
課長の通知というのは、公文書です。公文書というのは、対外的にも公開されうるものだ、ということです。だから、俺は上で「大問題だ」と書きました。通知の中に「被災後であれば土浦保健所にて、放射線に関する検査をしていただく」というように書いてあれば、市の公式の見解として、差別的な取り扱いをするという方針を出した、ということになるからです。
しかし、毎日のこの記事だけでは分かりにくいのですが、これは通知ではなく内部文書に記載されていた、しかも、市長は「担当者が文書を作って配布したとの報告は当時はなかった」と言っている。そもそも「スクリーニングは義務や強制ではなく、市民や本人の安心を考慮し、お願いしていた。差別につながるとの意識はまったくなかった」とも言っている。つまり、市としてスクリーニングを強制しようとしたのではなく、通知の意図するところが窓口の担当者にうまく伝わらず、誤解されたまま、おそらく窓口の業務に当たる際のマニュアルのようなものとして「内部文書」が作成され、誤った運用がされた、という可能性がある、ということです。
さらに毎日新聞の別の記事に、その内部文書の写真が掲載されています。
*1
この写真を見ると、分かる人は分かると思うのですが、少なくとも公文書としての通知の体裁ではありません。公文書であれば、普通は冒頭に、誰に宛てたものであるか、誰が書いたものか、いつ書かれたものかといったことが明記されているはずです。俺はこの写真を見て、「これは市が正式に出した通知ではなく、現場で作成したマニュアルっぽく見える」と思いました。もし、この写真の文書を「課長名の通知」であるとして報道されたのなら、そりゃ限りなく誤報に近いそれだな、とも思います。
さらに、

 同市では、福島第一原発で大規模な水素爆発があった3月14日以降、福島県などから一時は約600人が避難してきた。避難所に入る際には任意でスクリーニングを受けるよう呼びかけ、受けた人には、異常がないことを示す証明書を配布した。転入希望者についても17日、健康確認のため保健所で任意で検査を受けるよう呼びかけることを市民課が5カ所の窓口センターに文書で通知した。

 検査の実施や異状の有無は転入者の受け入れと一切関係ないが、市の説明によると、窓口センターの一部の職員が証明書を転入の条件と勘違いし、転入者に提示を求めたという。今月11日に仙台市から転入を希望した男性から抗議を受け、発覚。男性の転入届も受け付けたという。

 茨城県は3月17日、県内の市町村長に対して、県外からの避難者へのスクリーニングは不要との通知を出している。

 同市の市原健一市長は4月19日の会見で、「避難者や市民に不安を抱かせないために検査を紹介したが、一部の対応が誤解を生んだことは心から申し訳なく思う」と陳謝。市内の公務員宿舎などを被災者に提供する計画もあるため、「今後も最大限、被災者を受け入れたいと思っている」と話した。

http://www.asahi.com/national/update/0419/TKY201104190493.html

最後は朝日新聞ですが、俺の感触ではこれが一番穏当というか、事実に近いのではないか、と。
つまり、スクリーニングはあくまでも避難者に「任意」で受けてもらおうとしたものであり、「検査を要請」とか「スクリーニング検査を受けた証明書の提示を求めて」とか「放射線量検査(スクリーニング)を求めた」とか、そういったことをつくば市として組織的に行おうとしたものではなく、通知の内容を誤解したために起こった現場の運用により、不当な取り扱いが発生してしまった、ということなんではないかと。
また、3月17日に、茨城県が「県内の市町村長に対して、県外からの避難者へのスクリーニングは不要」という通知を出してるそうですが、科学的な合理性はない(ので、そこは批判の対象となりうる)としても、この時点で「任意」での検査を呼びかけること自体は、自治体の行政上の判断としてはそんなに責められるもんかな、という気はします。
それで、つくば市がこの件に関する謝罪と説明を「福島県からの避難者への放射線検査について」と題して、市長名で市の公式サイトに掲載してるのですが、

 茨城県は,震災後,福島原発事故の避難所2か所をつくば市内に開設し,福島県からの避難者の受け入れを行いました。その後,つくば市が同2か所の避難所の運営を行うこととなりました。その際,茨城県が既に保健所で実施していたスクリーニングを継続して実施することといたしました。しかし,対象者が多く,土浦保健所での対応が困難であることから,つくば市消防本部のほか,産業技術総合研究所,高エネルギー加速器研究機構,筑波大学の協力を得て,避難所でのスクリーニングを実施いたしました。
 この当時は,福島原発事故後まもなく,放射線放射性物質に関する公式な情報が少ない中で,放射能に対し誰もが不安を感じていました。このような状況で,避難所への避難者だけでなく,福島県からの一般転入者に対してもスクリーニングを受けていただくようお願いすることにいたしました
 市民課窓口及び各窓口センターにおいても,3月17日に転入者に対し,スクリーニングをお願いすることといたしました。その後,各地の放射線量に関する公式な情報が公表されるようになり,市民課窓口では,3月24日に,福島原発20キロメートル圏内の方についてのみスクリーニングをお願いすることといたしました
 しかし,この取扱いの変更が各窓口センターに周知されず,加えて,本件報道の宮城県からの転入者の方については,窓口センター職員の錯誤により,転入案内の対応の際に,配慮を欠いたものとなってしまいました。
 しかしながら,スクリーニングを実施されなかった方に関しても,つくば市が転入届を受理しなかったというような事実はございませんつくば市としては,もとより被曝は伝染するなどという認識は持っておりませんし,まして福島県の方々を差別する意図がなかったことを御理解いただきたく存じます。

http://www.city.tsukuba.ibaraki.jp/1330/008543.html

俺の主観では、朝日の記事と大きな矛盾点は感じませんが、どうでしょうね。この文章の中の「お願い」というのが、「任意」ではなく「事実上の強制」ではないか、という声もあるようですが、そこの判断はちょっと難しいですね。
何しろ、いちばん肝心の「3月17日付の市民課課長名の通知」の原文の内容が分からないので、そのような批判が妥当なのかどうか判断できないと思うのですね。その原文の内容が分かれば、俺のこれまで書いてきてきた「感触」が全然違うよ、という結果になる可能性もあります。
また、3月24日に「福島原発20キロメートル圏内の方についてのみスクリーニングをお願いすることといたしました」とあるのも、それに科学的な合理性があるのかと言えば、まー、ないんだろうなという気はしますが、繰り返しになりますが、自治体の行政上の判断として著しくおかしいとまで言い切れるのかは微妙な気はします。科学的な合理性を公共に適用する、その過程での避けがたい(本当は避けた方がいい)摩擦のようなものがここでおきているのかな、と。*2


もう一度まとめると、俺はこの問題については、「3月17日付の市民課課長名の通知」の原文の内容が分からないという点について留保つきではあるけれど、基本的には、つくば市の市ぐるみの組織的な差別行為ではなく、誤解に基づく現場での運用から生じた問題である、と考えています。


さて、そうなると、つくば市の何が問題で、何を批判すべきなのか。
俺の推測通りであるならば、通知を「誤解」したまま、問題のある「内部文書」を作成した職員がいて、それを現場の責任者もチェックをしているはずなのに、それがそのまま通ってしまった。また、それをさらに「勘違い」して不適当な運用をした職員がいた。それらをきちんとチェックしきれなかった、という意味において、つくば市の組織的な問題や落ち度は批判の対象になると思います。
しかし、じゃあ、具体的に誰が誤解したり勘違いしたりしたんだということを追求し始めたら、それはある個人を晒し上げすることにしかならないんじゃないか。それこそ内部では何らかの処分が行われているんじゃないかと推測しますので、それ以上はそこを突くのは悪趣味の類かな、と。*3
俺としては、差別云々の文脈を外して、不適当な運用にならないように行政のチェック機能を強化するよう求めていく、というのが落とし所かな、と思いますね。

*1:http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110420k0000m040119000c.html」からの引用。

*2:つまり、「スクリーニングは不要」という科学的に合理性のある判断がある一方で、「原発の近くに行った人はスクリーニングを受けてるじゃん」(例えば「放射線量検査スクリーニングの基礎知識 / 浪江町取材の記者は1.5kcpm」の記事のように)ということがあるわけで、そこの関係をどう市民が納得のできる着地点に持っていくか、そこで起きてしまった摩擦なのかな、と。そこを批判するのは容易いのですが、少なくとも、それって差別の問題と言っちゃっていいのかな、という疑問は湧きます。

*3:ぶっちゃけ、3月・4月は人事異動の季節なので、現場に不慣れな職員とか新人さんも居て、いろいろ大変なんじゃねーの、と思ったりはします。