『従軍慰安婦の歴史的研究-売春婦型と性的奴隷型』感想と補足といろいろ。

従軍慰安婦問題の歴史的研究―売春婦型と性的奴隷型

従軍慰安婦問題の歴史的研究―売春婦型と性的奴隷型

 読んだのは8か月前ですが。あと、この本が出たのはもう20年近く前。俺がこの本を購入したのもたしか1995年で、18年前か。この本の著者が母校の教授で、その先生の東洋史(一般教養)を受講した際に、教科書として指定されていたので買ったもの。それを17年くらいは放置してあったわけで、いや、まー、それは置いといて。
 読了した直後に内容のメモと感想をTwitterで書いていたので、今更だけど、こっちにも残しときます。んで、その後にちょこっと補足も書いてみました。
Twilogの方が見やすいので、そっちにリンクを貼っておきます。→ http://twilog.org/nijuusannmiri/date-120922
以下、2012年9月22日のツイートから。

倉橋正直『従軍慰安婦の歴史的研究-売春婦型と性的奴隷型』を読了。かなり問題が多い本だけど、限定的な部分では参考になる部分もある。以下、感想をツイート。1〜9まで、かなり長いですが。
posted at 15:53:48

感想1:まず、そもそも従軍慰安婦って何?という問題については、例えば、太平洋戦争時に米軍兵士が前線からハワイやシドニーまで引き上げて休息が与えられたのに対して、前線にはりつけられたままの日本軍の兵士の戦闘力を「安上がりに維持する手段」として存在したものだという。文字通り「慰安」。
posted at 15:54:23

感想2:その一方で、戦場近くでの売春というのは、要するに一攫千金を狙う業者などによる民間主導で始まったもの。日露戦争の時には南満州にかなりの数の日本人売春婦が入り込んでいる。軍は表立っての関与はしていないが、検黴(性病検査)体制の整備と婦人病院の設置などで、事実上支援していた。
posted at 15:54:39

感想3:ところが、これがシベリア出兵の時には米軍との共同出兵ということもあって、体面の問題で検黴体制などの整備がやりにくかった。その結果、兵士に性病が蔓延し、これへの対策として、シベリア出兵後期からは軍が積極的に関与するようになった。これが倉橋が言う「売春婦型従軍慰安婦」の起点。
posted at 15:55:26

感想4:その後、満州事変辺りから本格的な従軍慰安婦の体制ができてくる。と同時に、それまで主に日本人売春婦が中心だったところに朝鮮人売春婦も入ってくるようになる。あくまで民間主導という建前ではありながら、事実上軍が主体となって前線に兵士とともに慰安婦を送り込んでいった。
posted at 15:55:42

感想5:ここまでが「売春婦型従軍慰安婦」の説明。この流れの説明としては、この本は結構説得力がある。そして、従軍慰安婦には朝鮮人とともに日本人も居たということが自然に了解される。問題は「性的奴隷型」の方。
posted at 15:56:25

感想6:この「性的奴隷型」というのが、軍が朝鮮人女性を強制連行してむりやり慰安婦をやらせた、言わば従軍慰安婦ステロタイプなイメージのものなのだが、これが存在したことを裏付ける史料が全くないと言っていい状態にもかかわらず、「あった」と言い切っちゃてる点。これが史学的に問題。
posted at 15:56:34

感想7:むしろ史料がないことが「日本軍が証拠を徹底的に隠滅したことを示唆する」みたいなことを言ってて、正直、これはアウトだと感じた。全体的な感想としては「売春婦型の説明はかなり説得力があるし参考になるが、性的奴隷型の説明は史学的には無価値と感じた」というもの。
posted at 15:56:45

感想8:一応補足しとくと、この本の内容がアレだからと言って性的奴隷型の従軍慰安婦は存在しなかった、とは言えないが、少なくともこの本を読んでその存在を肯定することもできん、ということね。ただ、94年刊行の時点でこういう状態で、現時点で新史料が出て来たとも聞かんし、まー。
posted at 15:56:55

感想9:もう一つ付け加えとくと、性的奴隷型で無くても、売春婦型でも従軍慰安婦に対する補償はあるべきだと思うし、それは日本人慰安婦も含めて、ということになるはず。んで、慰安婦が事実上の軍属だとすると、台湾なんかも含めた軍属に対する補償の問題にもつながるわね。(感想終了
posted at 16:03:46

…ということで、ここからが補足。この倉橋本の言う「性的奴隷型」というものが、英語で言う「sex slave」と同じものを指してるのかどうかはちょっとよく分かりません。というか、この本が出た当時の文脈で言えば、この本で定義する「性的奴隷型」が「sex slave」そのものだったと思うのですが、現在ではそのニュアンスが大分変っているように思えます。狭義の「軍による強制連行」を示す確実な証拠がないとはいえ、広義の強制性は「売春婦型」でもあっただろう(つまりそれは「軍の関与した管理売春」であるということ)というのが俺の理解なんですが、それを含めて「sex slave」と言っている人も国内外問わず居るようなので、そうであれば、この本の言う「性的奴隷型」はなかったとしても、現在の文脈で言う「sex slave」は否定できないことになりそう。


おまけ。2012年9月23日のツイートより。

昨日ツイートした『従軍慰安婦の歴史的研究』の著者の倉橋正直先生、は大学時代に一般教養の東洋史と中国語の授業で直接教えていただいた方なのだが、まったくもって出来の悪い学生で申し訳ないという気持ちもありつつ、読書の感想としてはああいう風に書くしかなかった。さらに申し訳ない。(何
posted at 10:55:36


さて、これは今でもセンシティブな話題で、最近も何かと世間を騒がせてて、いろんな人がいろんなことを言ってるわけです。
今朝も産経のサイトで、「【正論】現代史家・秦郁彦 橋下発言の核心は誤っていない - MSN産経ニュース」という記事があったり。俺は秦郁彦さんの歴史学者としての業績は不勉強にしてよく知らないんですが、この記事の中にもある「業者の募集広告」による慰安婦の募集については、上記の倉橋本にも出てくる話で、それ自体は確かでしょう。それ以上の感想は産経の記事からは持ちようがないな、と思うんですが。


上に書いたことと重複しますが、「従軍慰安婦っていったい何なの」という話で、俺が考えるのは「どう安く見積もっても『軍が関与した戦地における管理売春』ということ」です。「管理売春」って何かといえば売春防止法の定義でいいんですけど、上のツイートにもあるように、衛生管理というか性病対策という面が大きい。それでも、管理売春という形態がもたらす広義の強制性の問題は大きく、たとえ賃金や対価を支払っていたとしても、人権的に問題なかったとは言えないでしょう。それはもちろん「現代の視点から見て」ということでもありますが。
だから、「従軍慰安婦」に対する補償というのはするべきだろう、と俺は思うわけです。現代の視点から見て人権的に問題のある行為に、かつて日本の軍隊が関与していたのでそれを補償します、ということ。そして、それは当然ながら、外国人慰安婦だけではなくて、日本人の慰安婦についてもそう。(そもそも、「朝鮮人」というのはその当時は「日本人」だったんですよね。)
 さらに話を広げていけば、現在の日本では法律上は管理売春は禁止されているわけですが、事実上のそれはあるわけです。それについて人身売買や人権侵害がまかり通っているのではないかという懸念を、諸外国や国内の貧困や人身売買の問題に取り組んでいる人たちが持っているようだ、ということを知ることができたのは、最近の収穫でした。
 なので、この従軍慰安婦の問題を考える延長で、日本の現在の人権状況を見直してみたらいいんじゃないかと思うんですが、なかなかそういう風に議論が発展しそうにないのがネット世論なのかなー、と思ったりします。人権問題を政治問題とごっちゃにして党派争いに持っていってしまうのは、従軍慰安婦問題も拉致問題在特会絡みもみんなそうで、いや、それ、右も左もないだろ、と思うんですよね。
 あと、慰安婦の話になると、売春婦に対するゾッとするような差別意識の露出を、いろんなところで目にしてしまうのも嫌なものですね。