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ちょっと今朝のTwitterでの発言の補足。

今朝、Twitterの俺のタイムラインに流れてきたニュース。→ 韓国“K-POP”は反日ソングだらけ! あの『少女時代』までも反日ソングを歌う | ガジェット通信
ちょっと、引用↓。

韓国のポップソング“K-POP”に奇妙な現象が起きている。それは上位に反日ソングが君臨するというものだ。日本人を罵倒する曲や日の丸を引き裂く韓国のロックバンドなど韓国でも問題視されているものがある。


今回はそんな“K-POP”事情を紹介したい。


『fUKk zAPAN』百済(baek-je)
この曲は日本人をバカにした内容の歌詞で話題になっている。一部日本語なので聴けばわかるだろう。日本人の発音のおかしさに対して「障がい者」「糞日本人」などという罵倒入りの歌詞で歌う曲だ。皮肉にもインディーズチャートにて2位を記録するほどヒットしてしまった。
http://www.youtube.com/watch?v=H6pZ6N_gdYA
(後略)

韓国“K-POP”は反日ソングだらけ! あの『少女時代』までも反日ソングを歌う | ガジェット通信

まず、俺自身の「政治的な立場」を明らかにしておくと、俺は基本的にナショナリズムというものが嫌いだ。そういう意味で、日本のナショナリズムも韓国のナショナリズムもどっちも好きではない。日本国内での嫌韓の風潮も、韓国内での反日ナショナリズムも困ったもんだと思うし、そんなものはなくなって欲しいと思っている。*1


なので、このニュースを目にしたときの感想としては、まず「つまんないことやってるな」というものだった。
でも、その一方で、視点を変えてみれば、例えば「反日」というキーワードを「反米」と置き換えると、「反米ソング」なんてものは世界中にありふれているわけで、そういう意味では「反日ソング」というものが存在してもいいんだろうという気もしないではない。それは、「表現の自由」というものの範囲内では許容できる、ということだ。
で、ここからが問題なんだけれど、反日ソングがOKならば、反韓ソングもOKということになるんじゃないか、とも思うわけだ。俺としては。何が言いたいかというと、この『fUKk zAPAN』とか『独島は我が領土』なんて曲が気に入らない人が居るなら、それらに対してアンサーソングでも作ったらどうか、ということ。ま、既にインディーズのレベルではあるかもしれないが。
音楽で売られた喧嘩は音楽で返すのが礼儀、と言うと、幼稚に思われるかもしれないし、相手と同じレベルに降りてどうする、みたいなことを言われるかもしれない。でも、俺としてはそれでいいんじゃないかと思う。そういう幼稚なレベルでやりあって済ませるというのは、ある意味で音楽やアートの効用だ。音楽のフィールドでdisりあってるうちは、戦争なんかをやるよりよっぽど平和だし、汚れた大人の意見としても、それで音楽業界が活性化するなら、そういうビーフを演出するのもありと言えば、あり。
とはいえ、アメリカ東西海岸のヒップホップ抗争は死人が出るほどの事態になったこともあるし、そうなっちゃうとダメだよな、とも思う。あくまでも、音楽のフィールドで、というのが俺の考え。
というようなことを考えて、今朝、Twitterでちょこちょこつぶやいてたんだけど、そうしたら、「在日韓国人が多いのに韓国人disソングなんか作ったら民団が何するかわかっててそう主張してるとしたら、他人事にしても楽観的すぎです。」「たいていのアーティストならやめますよ。民団に拉致されて海に沈められるのがわかってるのに韓国disソングなんて作るわけない。作る奴は後先考えないバカだけでしょう。」「そんなこと言うなら23mmさんが自分でやってみろって話です。他人事だからと無責任に発言するのはどうかと思いますが。アンサーソング作ったアーティストが殺されても23mmさんは標的にならないわけだし、安全地帯から煽るのは卑怯ですよ。」というコメントをいただいた。*2
こう言われると、俺としては「(民団の圧力なり暴力なりが)怖いならやめればいいと思う」としか言いようがない(もしくは、何かやり方を工夫するとか?)。俺も、死人が出たらダメだよな、とは思ってるし。ただ、本当に民団がそのような行動に出るのかどうかというのは、俺には分からないし、その点については同意も不同意もしかねる。
しかし、反韓ソングなんかを作ったら、民団はともかく、いろいろと面倒なことにはなるだろうということは、想像できるので、その意味では、「他人事だからと無責任に発言するのはどうか」とか「安全地帯から煽るのは卑怯」というのは、全くその通りだ。俺は、最初からそういう卑怯な立場で発言している。ただし、そういう理由で表現ができないというのは、それはそれで「表現の自由」が抑圧されてるってことで、困ったことだな、とも思う。


さて、俺の政治的な考えの話に戻ると、俺自身は反日ソングそのものには感心しないし、反韓ソングが作られたとしてもその内容に共感することはないだろうと思う。もちろん、「表現の自由」は守られないといけない、と考える。(音楽による)dis合戦を野次馬的に傍から見てみたいという欲望は、あることはある。うん、卑怯だな。
だけど、そもそもそういった反韓ソングを作りたいと考えている人が居るのかどうか、そこのところがよく分からない。そもそもそういう人が存在しなければ、それはそれで俺の政治的な立場からは結構なことだ、ということになる。
と、まー、こんな感じでグダグダで申し訳ない。補足になってるかどうかも心もとないが、一応、俺の考えを書いてみた。

*1:余談だけれど、ナショナリズム嫌いが嵩じて、傑作の誉れ高いイーストウッド監督の『インビクタス』にもいまいち乗れなかったくらいだ。舞台となった南アフリカの歴史的な経緯は理解できるし、レイシズムを乗り越えるためのナショナリズムというものもあるんだろうとは思うものの、スポーツの露骨な政治利用はかなり引っかかった。

*2:プロテクトされてる方なのでアカウントはここには書かない。