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『『漢字字源辞典』の「質」の項目について。』のコメント欄があまりにも長くなったので、便宜上転載。(その3)

前回のエントリのコメント欄が長くなりすぎて、俺のケータイからは読めなくなったので、ちょっと転載しときます。(その1)から(その3)まであります。

hal 2010/02/18 20:28
> 単なる一個人が運営するブログにおいて、そこまで「説明責任」を問われ
> なくてはならないのかと考えると、俺には疑問で

説明責任、というよりも、文意が通らないほどの論理の飛躍を指摘されて、それについて手元の書籍で補うなりする労を放棄するのなら、読者に原典読めの無理難題も言えませんね(笑) 何様ですか。それと
> しかも、何度も書きますが、著者である id:finalvent 自身のすぐ手元に
> 引用元の書籍があるのですよ?
この指摘について触れないのはわざとですか?

> しかし、いくら俺が無知であっても、看過しえないこともたまにはある、
> ということです。

常識の範囲の話ならいいんですよ。しかし、あなたが書いたのは、「引用ではなく、山田先生の説をfinalventさんなりに噛み砕いた結果の文章ですよ?」ということでしたよね。まるで、id:finalvent の心を代弁してるようで、アナタ誰ですか?と笑ってしまいましたが、それは措いて、「引用」と「噛み砕いた話」が違うという認識も失笑ものですけど、あれが「噛み砕いた話」かそれとも大切なデータが漏れてるか、あるいは筆者の意図を結果的に捻じ曲げてしまった拙い「要約」だったのかどうかの判断をアナタはできる自信があったんですか? 私はその点のあなたの「さしでがましさ」を指摘するために山田さんと id:finalvent の記述の内容の違いを書いたんですよ。

> 俺は「原典にあたったうえで、なおかつ批判すべき点は批判する」という
> ことには何の問題もないと考えます。しかし、それと「原典に当たらず、
> 自分の思い込みや誤解を元に、的外れな批判を繰り返す」こととは全然違
> う問題です。例えそれが、批判する相手の落ち度や不誠実さによってミス
> リードされた結果の、思い込みや誤解であってもです。少なくとも俺は、
> 原典を読んだので、halさんのエントリのいくつかを読んで、失礼ですが、
> 滑稽で痛々しいと思いましたよ。原典を見ればこんなことをせずに済んだ
> のに、と。

すみません。これはどの部分のことを書いてるのでしょうか?
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・「原典に当たらず、自分の思い込みや誤解を元に、的外れな批判を繰り返す」
・「halさんのエントリのいくつかを読んで、失礼ですが、滑稽で痛々しい」

具体的に例を挙げてもらえますか?


> さらに付け加えると、俺がここに示した引用の内容も、原典に当たらなけ
> れば、正しい引用かどうかの判断も出来ないのです。

まあ、たしかにそうですが、ここは状況的に id:nijuusannmiri を信用します(^^)

> 研究者であれば、資質を問われかねないことですし、学生であっても教官
> から叱責されて当然のことですから。
> ……
> halさんは「原典教の信者」などと揶揄されているつもりかもしれません
> が、原典を軽んじることの危険性をもっと認識された方がいいかもしれま
> せんね。

こう書くと id:finalvent 信奉者のあなたには不快かもしれませんけど、どこの馬の骨かわからない虚言ブロガーを相手にするのと自分の生活がかかってることでは、対応は一緒にできませんよ。普通の人はブログの筆者の手元に原典があるのなら、よっぽど興味を惹かれでもしない限り、一々同じものを購入したり、図書館で借りたりしないで、筆者への質問で済ますでしょう。学術論文を書いてるんじゃなくてブログを読み書きしてるのですからね。その程度のアバウトさ、脱力感で書くのが個人ブログではないのですか?とあなたの書き込みを見ても思うのですが。
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> 確かにブログであれTwitterであれ、web上で公開された文書には違いあり
> ません。しかし、公的機関でもなく、大手のマスコミでもなく、大手のマ
> スコミに準ずるようなニュースサイトでもなく、Wikipediaでもなく、研
> 究機関でもなく、企業・団体等でもない、単なる一個人が運営するブログ
> において、そこまで「説明責任」を問われなくてはならないのかと考える
> と、俺には疑問です。

> 底意地の悪い言い方をすれば、もっと早い段階でfinalventさんが引用を
> していたとしても、それだけを元に批判するのは、してはいけないとは言
> いませんが、ちょっと危ないですよ、ということです。

これこそ重箱の隅のような気がしますがねぇ。

> そして、俺がやはり呆れるしかないのは、「著者が一緒だから同じだと
> 思いますよ」と原典に当たらないことに何も問題意識をお持ちでないら
> しいところです。「少なくとも俺は」、自分が読んだこともない本の内
> 容を類推して決め付けるようなことはしたくありません。同じ著者の同じ
> テーマを扱ったものだったとしてもです。

いや大げさすぎですよ。なんか重箱の隅だなぁ(笑) 研究者同士の話じゃなくて、余興でやってるブログの話なんだから、同じ著者の同じ問題意識の箇所について読んだことがあったら、それで代用して十分でしょう。なにも決めつけてるわけじゃないのだし、もし違ってたらそこでまた指摘すればいいんじゃないですか。なにか一々言うことが大げさで、針小棒大な気がするんですが。で、そのさい、「嘘つくかもしれませんよ」と言われるかもしれまんが(笑)、そのときはそのときで仕方ないですね。その程度の話題なのですから。と書くとまた不快に思われるかもしれませんが、ブログって余興ですよね? それとも生活かけて、あるいは全身全霊込めてやってるんですか? いいかげんでいいと言ってるんじゃないですが、代用できるものがあれば、それを手軽に利用すればいいし、ある程度の信頼で回ってくのなら、それにのっかってやってけばいい。そういうアバウトさと手軽さのレベル感でブログなど書いてるんじゃないですかねぇ。学術論文を書いてるわけじゃないですよね?

> そして、前のコメントでも、俺は「判断できない」と書きましたよね?
> 「違う」とも書いていない。それは俺が『角川 字源辞典』を読んでいな
> いからです。だから、現時点で「同じ」とも「違う」とも判断できないと
> いうことです。

うーん、なんか言いがかりをつけられて、重箱の隅をつつかれてばっかりいるような。あなた最初にこう書きましたよね。

> この引用から分かるように、山田先生は「質」の字を会意字ではなく、形
> 声字としている。なぜそうしたかということは原書の冒頭の「漢字研究へ
> の入門」にその考え方が少し触れられているが、引用しない。ものすごく
> 簡単に言うと、山田先生は漢字全体に占める形声字の割合を、この本以前
> のそれよりもかなり多く見積もっている、ということだ。

それに対して、私が同じ著者はこれこれと書いてるので同じでしょう、と書いたわけですよね。あなたは自分の言いたいことがわかってるのだから、私の言葉が同じであるか、あるいは違うところがあるか、それを言えばいいだけなのでは? あなたが比較すべきなのは『角川 字源辞典』じゃなくて私の理解でしょ? なにか筋がヘンですね。

> それから、finalventさんの「過去の行状」についてですが、俺としては、
> それらについては、今のところ、どちらが正しいのか判断するつもりはあ
> りません。

おやおや。ピアニストの名前をタイプミスしたか、知ったかぶりをして書き間違えたかの違いぐらいわかるでしょう。英語の話だのフランス語の話だのは、あなたにはわからないのかもしれませんが、誤変換か知らないピアニストを知ったかぶりで書いた「書き間違い」かは小学生でもわかると思いますけどね。

> 興味があんまりないということもあります。

あれー? それは議論の放棄ですよ。なぜ、引用元を書かないで我が説のように書いたのかというのを評価するさい、id:finalvent の人間性評価というのは大きな影響を及ぼすのですから、そこをシャットアウトされてしまってはマズイですよ。こういうところが id:finalvent 信者か本人じゃないの?と思うところなんですが(笑)。

> というか、「過去の行状が酷いので、今回の件も相手が悪い」という論法
> を逆手に取れば、「今回の件があまりにも酷いので、過去の件も間違いだ
> ろう」と言うことも出来ますね。俺は、これはどちらも詭弁だと思います
> ので、そうした考え方はしませんが。

ちょっと極論ぽい言い方になってますが、詭弁じゃないですよ、それでいいんですよ。否定するのが詭弁でしょうね。ますます id:finalvent ぽい(笑)

●「過去の行状が酷いので、今回の件も相手が悪い」
そうじゃないです。「過去に自分を大きく見せるために嘘をついたので、今回の引用で引用元を書かなかったのも、それを自分の説と見せかけて自分を大きく見せるために隠したのだろう」という類推はオーケーなんじゃないですか?

●「今回の件があまりにも酷いので、過去の件も間違いだろう」
「今回の件があまりにも酷いので、過去の件も間違いかもしれない」のほうがいいですね。今回の件は怪しいぞと思い、過去の件を一つ一つ洗ってみる。そこで、不合理な点を確認できたら、そういうことなのでしょう。普通の疑問だし、普通にやることだと思いますよ。

> それより、「珍説を創作」と批判していた舌の根も乾かぬうちに、「隠し」
> だ「パクリ」だと言い出す人を、俺だけでなく、他の人がどう見るかも気
> にしてはいかがですか。いや、別に気にしなくても一向に構いませんが。

・「珍説を創作」の意見は変わりませんが何か? あなたの引用を見てますます、やっぱり思いましたが。(嘘を書いたとか言われるのかな汗。) その点について議論するのにやぶさかではないですよ。
・あなたは原典を読んで、本当に id:finalvent の引用と理解が正確だと思ってるのですか? と「若」他についての知識を持ち合わせないで私を批判するようなコメントを書いた人にきくのは無駄なのかもしれませんけど。
・「隠し」であり「パクリ」だというのは、その通りでしょう。引用元を隠してたのですから。この点について、アナタあまり触れませんね。なにか無理に id:finalvent を擁護されようとしてませんか? ってきくだけヤボなのかな(笑)

> 「私はこれ以上この議論を続けることに気が進みません」というのは、
> 俺もそう思っていますので、そうしましょう。
> あー、気が変わったので、削除はしません。

私も気が変わりました(^^)

nijuusannmiri 2010/02/19 03:46
>halさん
コメントありがとうございます。

そうですか、気が変られたのですね。それはとても残念なことです。俺にとって。(> <)

以下、応答です。

まず、「説明責任、というよりも、文意が通らないほどの論理の飛躍を指摘されて、それについて手元の書籍で補うなりする労を放棄するのなら、読者に原典読めの無理難題も言えませんね(笑) 何様ですか」というところですが、「原典に当たってほしい」というのが無理難題ですか。その程度の認識で他者を批判なさる方なんだな、halさんは、と思うしかありません、俺としては。俺は、自分にとって未知の知見が示されている可能性を提示されたときに、鵜呑みにするのでも全否定するのでもなく、自分の目で確認するまでは判断を保留できる程度には慎重でありたいと思いますが。何度も繰り返しますが、「見解の相違」としか言いようがありませんね。
「> しかも、何度も書きますが、著者である id:finalvent 自身のすぐ手元に
> 引用元の書籍があるのですよ?
この指摘について触れないのはわざとですか?」ということですが、前のコメントではその点も含めた上で、「引用するかどうか、あるいは説明するかどうかも、個人の意思(もっと言えば親切心や気まぐれ)によって決められるものです」と書いたつもりですが、伝わりませんでしたか。それは失礼いたしました。しかし、「手元に(引用元の)書籍があれば、引用しなければならない」とお考えなんですか? もしそうなら、なかなか変わった考えをお持ちでいらっしゃるんだな、と思います。

「私はその点のあなたの「さしでがましさ」を指摘するために山田さんと id:finalvent の記述の内容の違いを書いたんですよ」については、「あぁ、そうですか。『あれが「噛み砕いた話」かそれとも大切なデータが漏れてるか、あるいは筆者の意図を結果的に捻じ曲げてしまった拙い「要約」だったのかどうかの判断』をhalさんが原典に当たってしてくだされば、俺がこんなエントリを書く必要はなかったのにな」と思いました。
俺としては、原典をfinalventさんがお書きになった程度に「噛み砕く」なり「要約する」なりするのは、ありだろうとは思いますけどね。一番最初に典拠を示さなかったことは批判の対象になりうるでしょうが。
これも見解の相違(略

「具体的に例を挙げてもらえますか?」ということですので。
http://mephistowaltzer.co.cc/t/20100213.html#p10から↓
「そして、この図式に勝手に「質」の字を絡めて、トンデモ論を展開したのが、最初に書いた短い元エントリの文章です。この文章は、山田氏の考察を書き記したものではなくて id:finalvent 自身の創作です。なぜなら、山田氏が書いたというこの図式のどこにも「質」の字は出てこないし、以下の id:finalvent 発言によっても、「質」の字の考察は山田氏によるものではなく id:finalvent 独自の創作であることが明らかだからです」
「音符「斤」の音の変化を例証した「齗(gin)→祈(ki)、希(ki)→絺(ti)」の図式に「質」の字を絡めたのは他ならぬ id:finalvent 自身であって、山田氏はそれに関わっていないからです。山田氏が関わってないことは、下記の id:finalvent の発言により、この図式に「質」の字を絡めたのは他ならぬ id:finalvent 自身であることによって明らかになってます」
http://mephistowaltzer.co.cc/t/20100214.html#p10から。↓
「山田氏は書いてないですってば。それはアナタの思い込み。何度書けばわかるのかな〜(~o~; アナタ、自分の判断だって書いてるでしょ。」
「山田氏による「齗(gin)→祈(ki)、希(ki)→絺(ti)」の図式から、「斤」を含む「質」もこの図式に応用できると早とちりして、ここの図式に「質」の字をあてはめて、「質」の意味は「直」の意味の「相当する」である…としたわけでしょ。しかも、「齗(gin)→祈(ki)、希(ki)→絺(ti)」の図式から一般則を導き出して、「質」の字に応用したんだから、”他の「チ」ついて言及”しちゃったわけだよねぇ。」
「”「質」の音指標は「斤(斦)」でその音価は「チ」”なんてことは山田氏はひとっことも書いてなくて、図式「齗(gin)→祈(ki)、希(ki)→絺(ti)」を「質」の字に応用して「質チ」⇒「直チ」とし、「質」の意味が「直」の意味の「相当する」と判断したのは id:finalvent であって山田氏ではない。」
http://mephistowaltzer.co.cc/t/20100214.html#p13から↓
「山田氏の議論とは? あ、ここで「原典参照」はナシだよ(笑)。”「チ」がなぜ「直」になるのか”の「山田氏の議論」を示さないと、下記引用のオリジナルエントリにおける太字部分が論理的に飛躍して、そこで何が起ったのか読者に伝わらないでしょ。それを説明する義務は この言を公開した id:finalvent にあるのだよ。説明というよりも、「チの音は「直」を意味する」と書いてる山田氏の言及箇所を単純に引用すればいいだけなんだけどね。もう一つのブログで、『字源辞典』をふんだんに引用してる(⇒「漢字は表意文字という話: 極東ブログ」) id:finalvent にしてみたら御茶の子さいさいだわな。論理的飛躍の穴埋めをして読者の理解を助ける数行の引用を拒む理由は何もないと思うが。それとも、「ポゴ・レリーチ」の虚言の人は普通の人と思考回路が違うから、論理の飛躍も読者への配慮も関係ないのかしらん。」
とりあえず、最近のエントリからピックアップしました。あ、最後のは「見解の相違」として片付けたことについてのものですから、これは省略してもよかったかな。ま、あのエントリは、まとめとしてそれ以前のエントリから引きうつしたものも多かったので、上に引いた文章が再掲されてたりしてますから、「まだ、言ってるんだね」とは思いました。
これ、なぜ滑稽だと思ったのか、理由も必要ですか。一言でいうと、原典を見れば、「図式「齗(gin)→祈(ki)、希(ki)→絺(ti)」を「質」の字に応用して「質チ」⇒「直チ」とし、「質」の意味が「直」の意味の「相当する」と判断したのは id:finalvent であって山田氏ではない」という文章はまず書かないだろうからですよ。

「まあ、たしかにそうですが、ここは状況的に id:nijuusannmiri を信用します(^^)」とおっしゃっていただくのは光栄ですが、それで足元を掬われることがないようお祈り申し上げます。

「どこの馬の骨かわからない虚言ブロガーを相手にするのと自分の生活がかかってることでは、対応は一緒にできませんよ」というのは理解できます。
「普通の人はブログの筆者の手元に原典があるのなら、よっぽど興味を惹かれでもしない限り、一々同じものを購入したり、図書館で借りたりしないで、筆者への質問で済ますでしょう」も、まだ理解の範囲内です。
で、「普通の人」は、筆者への質問をして「原典を参照してください」と言われたら、その筆者を罵倒したり「あなたは信用できないので、そのために金銭や労力を使う気にならない」と言ったりするんでしょうか。それが普通なら、俺はむしろ異常でいたいですね。
俺ならば、金銭や労力を使いたくなければ、とりあえず「判断保留」にするだろう、ということを何度も繰り返し書いてきましたが、そういうことです。
学術論文を書いてるんじゃなくてブログを読み書きしてるのですからね。その程度のアバウトさ、脱力感で書くのが個人ブログではないのですか?」ええ、全くその通りです。halさんもその程度のアバウトさで、批判を繰り返していらっしゃると理解しますがよろしいでしょうか。

「これこそ重箱の隅のような気がしますがねぇ。」そうですか。そうかもしれませんね。

「研究者同士の話じゃなくて、余興でやってるブログの話なんだから、同じ著者の同じ問題意識の箇所について読んだことがあったら、それで代用して十分でしょう」ああ、余興なんですか。分かりました。共著と単著を「同じ著者」として考えていいのかもちょっと微妙ですが、それをよしとしても、「代用して十分」かどうかは俺には判断できませんね。繰り返しになりますが、俺はそこでは慎重になりたいし、たとえ研究者でなくても慎重であるべきだと思いますが、これも見解の(略
「もし違ってたらそこでまた指摘すればいいんじゃないですか」というのは、一見妥当のようでいて、危なっかしい考え方ですよ。halさんがお書きになった「元々形声字であるが、その後意味の入れ替りが発生して仮借になった漢字が多いとあった」という文章が、『角川 字源辞典』の内容にきちんと即しているのかどうかも不明だし、前後の文脈も不明だし、この文章だけ読んで、俺が「山田先生は漢字全体に占める形声字の割合を、この本以前のそれよりもかなり多く見積もっている」というその理由として解釈した内容と同じだとか違うとか言えないんですよ。それぐらい微妙な話だし、また、無視できるほどの差異に収まっているかどうかも分からない。「違っていたら指摘」を原典に当たらずにすることは、俺の価値観に照らして、賢明とは思えません。
「それとも生活かけて、あるいは全身全霊込めてやってるんですか?」は、もちろんそんなことはありませんよ。しかし、「無知」な人間としては、慎重にならざるを得ません。
「いいかげんでいいと言ってるんじゃないですが、代用できるものがあれば、それを手軽に利用すればいいし、ある程度の信頼で回ってくのなら、それにのっかってやってけばいい。そういうアバウトさと手軽さのレベル感でブログなど書いてるんじゃないですかねぇ」ええ、それはブログの良さの一つです。そして、アバウトさと手軽さのレベルで書くならば、自ずと限界があるはずです。「俺は、その意見はおかしいと思うけれど、まー、原典に当たっていないから判断は保留しておくよ」というのはいいと思いますが、「俺は、その本に書いてあることは推測できるから、読まずに済ませるけど、あなたの書いてることはその本にも書いてないようなことをこじつけて、無理な解釈してるよ」というのは限界を超えていると思います。ま、見解(略
あ、「2%の留保」があるんでしたっけ。

「あなたが比較すべきなのは『角川 字源辞典』じゃなくて私の理解でしょ?」ということですが、halさんの理解は「元々形声字であるが、その後意味の入れ替りが発生して仮借になった漢字が多いとあった」ということだけなんですか。もし、そうだとしたら、『漢字字源辞典』にもそのような内容は含まれていると見ていいとは思いますが、その理解だけで十分と言えるかどうかは微妙です。俺には不十分とも思えますが、halさんがお読みなられて、「自分の理解で十分だった」と判断されるかどうかまでは責任を持てません。これでも、俺にとってはかなり踏み込んだ言及です。これ以上は怖くて言えません。

「おやおや。ピアニストの名前をタイプミスしたか、知ったかぶりをして書き間違えたかの違いぐらいわかるでしょう」、すいませんね、読んでないので。興味がわかなくて。
「あれー? それは議論の放棄ですよ」その通りです。
「なぜ、引用元を書かないで我が説のように書いたのか」は、「そのような観点からの批判はありうるでしょう」と前にも書きましたし、今回も「批判の対象になりうるでしょう」と既に書きましたね。
「人間性評価というのは大きな影響を及ぼすのですから、そこをシャットアウトされてしまってはマズイ」というのに対しては、俺はそういう考え方を取らないと言うことしか出来ないのですが、それではダメですか。
俺は、halさんのことを「知的誠実さに欠けると判断せざるを得ない」とブクマコメントで書きました。これは人間性評価と思われて仕方ない表現ですが、俺としては今回の漢字の件に限ったことと、今の時点では思っています。このことをもって、halさんの過去の(あるいは未来の)エントリを色眼鏡をかけて見ることはしないでおこうということです。是々非々でいい、というのが俺の基本的な考え方です。
このエントリやこのコメントのやりとりを読んだ方で、俺の意見に賛同してくれた人が居たとして、その方が今後halさんのエントリを色眼鏡をかけてみるようになったとしたら、俺は悲しいことだと思うのですが、halさんはそうお思いになりませんか。

「「過去に自分を大きく見せるために嘘をついたので、今回の引用で引用元を書かなかったのも、それを自分の説と見せかけて自分を大きく見せるために隠したのだろう」という類推はオーケーなんじゃないですか?」仮にOKだったとしても、halさんが、finalventさんが典拠を示した後に、それに当たらず思い込みを元に批判を繰り返したことには変わりありませんし、俺の感想も変わりませんよ。
「今回の件は怪しいぞと思い、過去の件を一つ一つ洗ってみる。そこで、不合理な点を確認できたら、そういうことなのでしょう」ま、そういう言い方をすればその通りでいいかもしれませんが、批判的な視点を持って文章を読むことと、思い込みをもとに相手を批判することは違いますからね。ま、余興でやる分にはどちらでも同じというお考えかもしれませんが、趣味の悪い余興だと、「俺は」思います。

「「珍説を創作」の意見は変わりませんが何か? あなたの引用を見てますます、やっぱり思いましたが」そうですか。
「その点について議論するのにやぶさかではないですよ」いや、もういいです。
「あなたは原典を読んで、本当に id:finalvent の引用と理解が正確だと思ってるのですか? と「若」他についての知識を持ち合わせないで私を批判するようなコメントを書いた人にきくのは無駄なのかもしれませんけど」原典を読む気がないとおっしゃった(現在もまだお読みでないらしい)方にそのようなことを言われるとは、このやり取りを始めるまでは思いもしませんでしたが、今はさして、驚きでもありません。引用部分だけを見て、全て理解したとお思いなんですか。あー、余興ですからね。それでいいでしょう。少なくともhalさんよりはfinalventさんの方が、『漢字字源辞典』の内容については、正確に把握してると思ってますよ、俺はね。halさんがそうお考えにならなくても、一向に構いませんが。
「「隠し」であり「パクリ」だというのは、その通りでしょう。引用元を隠してたのですから。」だからね、最初の時点(典拠が示される前の時点)で、halさんなり、他の人がそのような指摘をされたのであれば、妥当性があると思いますよ。しかし、典拠を示されてからは、そのような言い分は当てはまらない、と「俺は」思ってるし、そう言ってるわけですよ。
本を読めば簡単に分かるわけだし、finalventさんも「原典を参照してほしい」と繰り返し書かれていたのに、それをせずに「珍説を創作」と批判していた人が、俺の引用を見て急に「隠し」だ「パクリ」だと言い出す様は、重ねがさね失礼な物言いになりますが、滑稽で痛々しいです。俺の感覚では、「パクリ」をする人が、そのネタ元を明らかにして、そちらを参照してほしいなどということはありえないと思うのですが。俺の感覚が常識から外れているんでしょうか。百歩譲って、典拠を示された後でもなお「隠し」や「パクリ」がその通りだとして、それをhalさんが言うことに理があるとお考えなんでしょうか。いや、余興なんで、理があるとお考えになられてもいいと思いますよ。

最後に、俺が「気が変わった」と言ったのは、このエントリを「出来れば全部まとめて削除してしまいたい」と言ったことに対してです。消さずに残しておきますよ、ということです。
議論を続けることに気が進まないことには、変わりありません。