読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『『漢字字源辞典』の「質」の項目について。』のコメント欄があまりにも長くなったので、便宜上転載。(その1)

前回のエントリのコメント欄が長くなりすぎて、俺のケータイからは読めなくなったので、ちょっと転載しときます。(その1)から(その3)まであります。

hal 2010/02/17 15:37
私が『漢字字源辞典』にあたらないことについては以下を参照してください。

h> さて、内容に一言添えておくと、件のエントリですが、これが私だけに向
h> けられたものでない以上、論理の飛躍や文意の不明さは、あれを目にする
h> 全ての人に関わってくる問題なわけで、それゆえに「論理的飛躍の穴埋め
h> をして読者の理解を助ける数行の引用を拒む理由は何もない」、「説明す
h> る義務は この言を公開した id:finalvent にある」と書いたんだけど、
h> 論理的思考力に難があり、なおかつ、虚言癖(ポゴ・レリーチ)の兆候が見
h> られ、対人コミュニケーションに根源的な問題を抱えてると想像される人
h> は、目の前の議論のヒートアップに連られて、公開文書の公正性確保といっ
h> たより高次の問題にまで考えが至らなかったんでしょうね。

元エントリと全く関係のない「革」の字について質問しようとでもいうなら、それこそお門違いでしょうが、元の文章について”誰が読んでも意味不明な箇所”がある以上、”全読者”に負担を負わせず、できるだけ誠意を持って応えるのは文章を公開した著者の責務ではないでしょうか。そもそも、id:finalvent は手元に『漢字字源辞典』があるはずなのですよ? どちらに引用の義務があるかは明白ではありませんか。ここで著者である id:finalvent が引用や説明を拒否するのは「へそ曲がり」、「逃げ」ととられても仕方ありませんよ、「普通の感性」で見れば。判断保留云々も同じ理由で不合理です。

そして、 id:23mm がそういった「非常識な拒絶」を続ける id:finalvent になんの疑問を持たないで、読者サイドの私を批判するのにも、なにか奇妙なものを感じます。「爺の分身か?」と書いたのもそのためなんですが。ちょっと普通の読者の感性と違うようですね。こうして読んでいても第二finalventの書き込みを読んでるような気さえします(笑)

さて措き、

> この引用から分かるように、山田先生は「質」の字を会意字ではなく、形
> 声字としている。なぜそうしたかということは

ああ、このへんは知ってるからいいです。加藤常賢と共著の『角川 字源辞典』には、元々形声字であるが、その後意味の入れ替りが発生して仮借になった漢字が多いとあったと記憶してます。

で、引用のオリジナルはこれですか。うーん、id:finalvent の引用の仕方がまず間違ってますね。
私は id:finalvent の書いた内容から「質」の字を図式に絡めたのは id:finalvent 自身だと思ってたのですが、これを見ると、id:finalvent は山田氏の著書の「質」の字の項目から、内容をそのままコピーしたようですね。それを「山田勝美氏の説によれば」と書かないで、己が説として書き込んでるのがまず不誠実(=ズルイ)ですし、誤解の元になってると思います。id:23mm はこの点、全く id:finalvent を批判しないんですね。ご本人じゃないですよね(笑)

さて、その山田氏の著書からのコピーですが、これもコピーでありながら微妙に違ってるのですよね。山田氏が「「斦」の音の表す意味は「直ち」」と書いてるところを id:finalvent は「これに音を示すのが「斤」(ギン)。」と書いている。その点を指摘したときに以下の答が返ってきました。
F> 音符については斦と書くべきだったが、「近」「新」なども同系で「斤」
F> が充てられるので略した。山田氏も結果的に両者を同一視しているので、
F> そう了解。
これじゃ、山田氏が斦の字を著書に出してたのかどうかさえわからない。id:finalvent が最初に「山田氏の著書からの引用」と断った上で、省略せずに一字一句そのまま書いてれば、読者にももっと意味の通じる文章になってたはずですよ。私は今の今まで山田氏は著書に斦の字を用いてないものと思ってましたよ。

> また、音の変化(転化)の例として、finalventさんが示した例と全く同じ例が、
> 「質」の項の中に載っている。
ああ、あの図式が「質」の項目の中にあるという情報も id:finalvent は「隠し」てたんですよね。あたかも自分の説のように書くために、他人の著作からつぎはぎで引用しないで、最初から「山田氏の著書によれば」と断わって、省略せず一字一句書いてれば、妙な誤解は生じなかったし、それを最初に怠ったのなら、あとから、「実は」ということで、この引用をそのまま書けばよかったんです。id:finalvent は最初のエントリの内容がそのまま山田氏の著書からのコピーだから、引用を躊躇ってたんでしょうね。なぜなら、引用を示せば「完パクリ」だということが露呈されるわけですから。メンツ保持のために、情報開示を拒んだことで、かえって余計にかかなくてもいい恥をかくことになったとは皮肉です。

> ただ、「finalventさんはトンデモ(インチキくさい?)」という先入観から
> おかしな方向に批判が向いていった気はする。
先入観はたしかにあります(笑)。でもそう思ってるのは私だけじゃないようです。しかも、私の場合は、id:finalvent についてけっこうな分量の検証記事がありますから先入観というよりも観察による客観的な判断といったほうがいいかもしれません。なにより「ポゴ・レリーチ」という架空のピアニスト名を出して、クラシック音楽通でございとやる人をマトモに信用する人なんていませんよ。「東トルキスタン」の意味の間違い、ピアノ譜をろくに見たこともないくせに「これはピアノ譜」と言ったことといい、この人は基本的に「知ったかぶり」をする人であるということを、口にこそ出さないものの見てる人は見てますよ。サイレント・マジョリティってそういうものです。
向学心が衰えないのはいいことですが、どこまでが事実であり、どこからが自分の推論であるのか、どこまでが他人の見解であり、どこからが自分の見解であるのか…等、もっと自覚的に考える習慣を持ってないとこの先もずっと同じことを繰り返すでしょうね。

> その辺は俺が、finalventさんのブログを結構長い間継続的に読んでいる
> こともあり、多少贔屓目があるということはあるかもしれない。それは否
> 定しない。
というよりも、id:finalvent 自身だと思ってますが(笑) それとも、あまりにも傾倒しすぎて同化しちゃったのでしょうか。

まあ「第三者」は口を挟まないで、弁明したいことがあれば本人がするべきだと思いますけどね。話が混乱するだけです。

nijuusannmiri 2010/02/17 18:44
>halさん
コメントありがとうございます。

まず、最初に書いときますけど、俺はこのエントリを書いたことを激しく後悔しています。出来れば全部まとめて削除してしまいたいくらい。あまりにも、徒労感が酷いからです。まー、一度上げてしまったのは取り返しがつかないし、こうしてコメントもいただいたので消しませんが。

次に、俺とhalさんの見解の相違について書きますが、「引用の義務」などそもそも誰にもないと俺は考えます。halさんは「根拠を示せ」とおっしゃり、finalventさんは「この本に書いてあるよ」とおっしゃった。応答としてはそれでも十分であり、著作物を引用までするかどうかは本人次第であって、「引用の義務」などというのを持ち出すのはそれこそ詭弁のように感じられます。halさんは「アナタの言説がそうした労力あるいは金銭を払う価値があるものかと考えるとそうは思えません」とお書きになられていますが、引用を求められる側もそのように思う可能性をお考えになられませんか? 「どうせ通じないから、引用の労力をかける必要はないな」とか。酷い言い方ですが、正直言って俺はそういう風に考え始めていますよ。
「元の文章について”誰が読んでも意味不明な箇所”がある以上、”全読者”に負担を負わせず、できるだけ誠意を持って応えるのは文章を公開した著者の責務ではないでしょうか」というのは、halさんのお考えではそうかもしれませんが、果たして「責務」とまで言えるようなものでしょうか。
逆に、halさんの側に「参照の義務」があるかと言えば、もちろんそんなものもないわけです。ただ、このエントリにも書いたように、参照しないのであれば「相手の主張に対する当否の判断を保留すればいいのに」と俺は考えますが。それが誠実な態度だろうと。もちろんこれも、「義務」なんてものではありませんが。(ああ、そもそもfinalventさんを「誠実な対応」をとるに価しない相手だと見なしていたんでしたっけ。)
俺自身はこれが「普通の感性」と思います。でも、これは見解の相違ということでいいでしょう。

それから、「id:23mm がそういった「非常識な拒絶」を続ける id:finalvent になんの疑問を持たない」ということですが、これは全く違いますね。疑問持ちまくりですよ。俺は『漢字字源辞典』を読んだので、「これを引用したら話は終わりだな」と思ってました。このエントリももっと早目に書くつもりで、というか、書きかけていたんですが、途中で面倒になって一度投げ出していたんです。第三者が口を挟むようなことはやめた方がいいよなということも、言われるまでもなく思ってましたから。
でも、横から見ている俺が我慢できなくなってしまって、つい、このエントリを上げたわけです。繰り返しますが、今は後悔しています。

それから「ああ、このへんは知ってるからいいです」とのことですが、そう思われるのはご自由ですが、そうやって原典にあたらないで済まそうとする態度に俺は呆れているのですけど。「知ってる」という内容が『漢字字源辞典』の内容と同じだといいですね。(このコメントの内容だけでは、同じかどうか俺には判断できません。)

また、「「山田勝美氏の説によれば」と書かないで、己が説として書き込んでるのがまず不誠実(=ズルイ)ですし、誤解の元になってると思います」というのは、「誤解の元」ということは分かりますが、典拠を示した後でもそれは当てはまりますか? 「引用の仕方が間違ってます」って、引用ではなく、山田先生の説をfinalventさんなりに噛み砕いた結果の文章ですよ?
「これじゃ、山田氏が斦の字を著書に出してたのかどうかさえわからない」とか「私は今の今まで山田氏は著書に斦の字を用いてないものと思ってましたよ」というのも、原典に当たっていれば、しなくて済んだ(もしくは修正できた)誤解でしたね。あるいは判断を保留にしておけば、少なくとも俺みたいな人間にとやかく言われることもなかったわけです。
ただ、「全くid:finalventを批判しない」と言われたので書きますが、俺はfinalventさんの説明に不親切なところがあると思ってますよ。この件に限らず。でも、それに対し「もっと丁寧に説明しろ」というのも俺の価値観に照らして傲慢な態度に思えるので、あんまり言いませんが。逆にどうしても不明な点が気になれば、コメント欄なりで尋ねることもありますが、なるべく「こういう理解で合ってますかね」というような形で尋ねたいですね。相手に質問に答える「労力」を払わせるわけですから。

さらに、「ああ、あの図式が「質」の項目の中にあるという情報も id:finalvent は「隠し」てたんですよね」とか「最初のエントリの内容がそのまま山田氏の著書からのコピーだから、引用を躊躇ってたんでしょうね。なぜなら、引用を示せば「完パクリ」だということが露呈されるわけですから」というのは、ほとんど意味不明ですよ。「原典を参照してほしい」ということを繰り返し書かれているのに、「隠し」とか「完パクリ」とかって…。ご自分のお書きになられていることを理解されてますか? 早く原典を参照して、「finalventはこんな重要な事実を隠していた!」とか「実はあのエントリは山田勝美の著作物のパクリだった!(しかも、その著作物は当該エントリに示されている!)」というエントリをお書きになられればよかったですね。
しかし、原典に当たらずに「他人の説を思い込みでねじまげ珍説を創作した」という批判をしていたのに、今度は「隠し」と「パクリ」ですか。なんというか、言葉を失います。
「余計にかかなくてもいい恥をかくことになった」のはどちらなんでしょうかね。

あー、「この人は基本的に「知ったかぶり」をする人であるということを、口にこそ出さないものの見てる人は見てますよ」というのは、俺は「そんなことはない」と言い切れない程度には「無知」なので、その可能性は否定しませんよ。ただ、そうであっても、俺は自分にとって有用な、あるいは興味を引かれる話題にだけ反応してるのであって、興味がない、当否を判断できないことは全て判断保留にしてますから。別にそれでいいんじゃないですかね。もちろん、halさんがなお批判されたいなら、そうすればいいだけです。そうした批判から建設的な議論が生まれる可能性はあるでしょうし、俺にとっても得るものがあるかもしれません。だけど、今回は残念でしたね、と。

「どこまでが事実であり、どこからが自分の推論であるのか、どこまでが他人の見解であり、どこからが自分の見解であるのか…等、もっと自覚的に考える習慣を持ってないとこの先もずっと同じことを繰り返すでしょうね」というのも、そうした指摘がきちんとできるように、是非相手が示した典拠にあたるくらいのことはしていただきたいと思います。強要ではありません。

「というよりも、id:finalvent 自身だと思ってますが(笑) それとも、あまりにも傾倒しすぎて同化しちゃったのでしょうか」は、まー、いいや、どうでも。俺とfinalventさんのことを知っている人はこういうことを言われないと思いますけど。

「まあ「第三者」は口を挟まないで、弁明したいことがあれば本人がするべきだと思いますけどね。話が混乱するだけです」というのは、全くその通りで、こんな徒労感を味わうのなら、やめておけば良かったと痛切に感じてます。

nijuusannmiri 2010/02/17 19:26
あ、慌てて付け加えますが、俺はfinalventさんとhalさんのやり取りがなければ、山田先生の本に出会わなかった可能性が高いです。
その意味では、halさんは、俺に新しい知見に出会うきっかけを与えてくれた恩人の一人です。その点は非常に感謝しています。本当です。