マジョリティであることは、時に後ろめたい。

前にも似たようなことを書いたような気もする。
ま、俺にしか当てはまらないことかもしれない。
例えば、「ヘテロ男性である」と表明することは、「自分がマジョリティである」という表明と同義であったりする。あったりする、というか、そうだ。そして、その表明が非ヘテロの人に対する抑圧として働く場合がある。だけど、ヘテロ男性であることをやめるわけにもいかない。そこで感じる「後ろめたさ」というのは、どう表現していいのかよく分からない。



マジョリティに属する人が、マイノリティの人の社会運動的な活動を見たとき、違和感でも拒否感でも何でもいいが、何らかのネガティブな感想を持つことがある。
マイノリティであることは、イコール弱者であることを必ずしも意味しないが、世間というものは概ね「マイノリティ=弱者」となっていることが多い。「マイノリティ=弱者」に対置されるのは「マジョリティ=強者」ということになる。このマジョリティとマイノリティの対立の図式を壊そうというのが、マイノリティの社会に対する運動である、だいたい。*1
ところが、マイノリティ運動の先頭に立っている人というのは、「マイノリティ=弱者」というイメージと異なっていることがある。それもそのはずで、そういう人は、マイノリティである自分を受け入れ、社会に対する高い意識を持ち、マイノリティゆえの不平等を正そうと決意した人なのだから、傍から見て「弱者」であるはずがない。
マジョリティ側から、そうした言わば「先鋭化したマイノリティ」の人を見ると、脅威に見える、というのは分からなくもない。実際には脅威でなくとも、自分が強い敵に攻撃されているような気になるんだろう。
セクシュアリティの話で言えば、マジョリティたるへテロの人は、マイノリティたる非ヘテロの人の権利拡張運動に対して、恐れるべきものは何もないと、俺は思う。別にヘテロから非ヘテロへの転向を強制されるわけもなく、今までの生活を何か変えなくてはならないわけでもない。しかし、これを自分(もしくは自分が属する社会)への攻撃と捉え、脅威と感じる人は、どうも少なくない。
これは、仮説にもならない思い付きでしかないけれど、マイノリティ運動に反発するマジョリティの人の意識の中には、その人の主観において強弱の関係が逆転して見えているのではないだろうか。「マイノリティ=強者」が「マジョリティ=弱者」を攻撃してくる、みたいな主観。何その妄想、とマイノリティの人は思うだろう。俺もそう思う。
でも、たまにWebを巡回してると、「結構居るんだな、そういう人」と思うことも多い。で、そういうマジョリティ側のネガティブな反応やさらには過剰防衛的な反発が、マイノリティ側に対する抑圧を強めることになったりすると…、最悪だ。ヘイトスピーチとかヘイトクライムってのは、そうして生まれるんだろうか。



もう少し、セクシュアリティの話に限定して書いてみる。個人的な話だ。
俺が、「後ろめたい」と感じるのは、「ヘテロ」で「男性」であるということ。それは、つまり、「非ヘテロ」を抑圧する「ヘテロ」であり、「女性」を抑圧する「男性」である、ということ。俺自身が個人として、他者への抑圧をした、というわけではないとしても、そういう存在としてこの日本の社会で生きている以上、抑圧する側に属しているという事実は免れないことでもある。
この「後ろめたさ」から解放されるには、「ヘテロ→非ヘテロ」「男性→女性」という抑圧の図式がなくなることだろう、と思う。だから、その意味では、利己的な理由で、俺は非ヘテロや女性の地位向上や権利の拡張を望んでいる。
だが、残念ながら、なかなかこの「後ろめたさ」からは解放されそうにない。



その一方で、「複雑だな」と思うのは、現代の日本社会においては、「ヘテロ男性」であることに対する抑圧もまたある、ということ。経済弱者だとか恋愛弱者だとか、「男のくせに」という枕詞は、結構なプレッシャーとして存在するのだ。これは男根主義とかマッチョイズムが生み出した歪みだと、俺なんかは考えるのだけれど、そうではなくて、女性なんかの地位が上がりすぎて、男性に求められる経済力や恋愛偏差値が跳ね上がってしまったからだ、なんて考える人も、ま、居るんだろう。
こういうのは気が重いばっかりで、具体的にどうすりゃいいんだろう、と途方に暮れてしまう部分もある。ただ、無視してもいいことは何にもない。


俺は「男のくせに」という言葉が、昔から大嫌いだった。「男らしさ」競争みたいなものからは、さっさと降りてしまいたかった。周囲にどう見えていたかは分からない。これは俺の内面の話だから。このことが、上に書いてきたことと関係するのかどうか、関係あるかもしれないが、よく分からない。


なんだかとりとめもない話になってしまって、相変わらずグダグダのまんまだが、これで終わりです。

*1:「壊す」というのは俺定義な言葉で、マジョリティとマイノリティの権利格差などを解消する、程度の意味。強者と弱者の関係をひっくり返そうという話では、勿論ない。