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あんまり行政の肩を持つ気はないんだけど…。(生活保護の申請と代理人について)(追記あり)

日記 社会とか時事とか

一昨日付けの朝日のこの記事について、ちょっと、ね。→『asahi.com(朝日新聞社):生活保護の代理申請、厚労省「待った」 日弁連が反発 - 医療・健康
以下引用。↓

 不況を背景に生活保護の申請が急増するなか、厚生労働省が1日付発行の自治体向けマニュアルで「代理人による申請はなじまない」と記していることがわかった。申請の受け付けに消極的な自治体への対抗策として、代理申請に取り組む日本弁護士連合会は「代理申請の広がりを牽制(けんせい)する狙いだ」と反発。近く国のこうした見解の撤回を求める。

apital(アピタル):朝日新聞の医療サイト

なんでしょうね、これだけ読むと、行政が弁護士の正当な代理人業務を制限しようとしているのかしらん、という印象です。
まず、前提として、朝日の記事でも次のように書かれているけれど、最近、生活保護申請に弁護士が同行するケースが増えているという事実があります。

弁護士による生活保護の代理申請はそもそも市区町村の「水際作戦」に対抗するために始まった。生活保護費の増大に悩む自治体が、申請に訪れた人に「家を確保してから」「まだ働ける」などと言って、窓口で申請用紙さえ渡さない例が相次いだため、弁護士が乗り出し、日弁連も後押しした。07年からは申請代理事業として、日本司法支援センターを通じて、高齢者や障害者、ホームレスの人らに書類作成や同行費用を援助。窓口に同行して交渉し、申請書には代理人として署名している。

apital(アピタル):朝日新聞の医療サイト

自治体が「窓口で申請用紙さえ渡さない」というのは、単純にひどいですね。それに対抗するために、法律の専門家たる弁護士が同行する、という流れはあります、今。それで別にいいと、俺は思います。行政が適切に対応してくれればいいわけですが、その監視役的な意味合いで専門家が立ち会うというのは、「あり」でしょう。ただ、朝日の記事の書き方だと、現在でも、あたかも弁護士が本人に成り代わって「代理申請」しているという風に読めるのだけれど、ちょっとミスリードくさい。と、俺が思うのには理由があるのだけれど、それはまたあとで。
もうちょい引用。↓

 厚労省が新たに見解を示したのは、1日発行の「生活保護手帳 別冊問答集2009」。生活保護法や実施要領の解釈を例示した619の問答の中に「代理人による保護の申請は認められるか」という項目を設け、回答例として「申請は本人の意思に基づくことを大原則としている」「要保護状態にあっても申請をするか、しないかの判断を行うのはあくまで本人であり、代理人が判断すべきではない」などと記し、「代理人による申請はなじまない」と結論づけた。問答集と同一内容の事務連絡が3月31日付で厚労省から各都道府県などに送られていた。

apital(アピタル):朝日新聞の医療サイト

なるほど、厚生労働省の見解と言うのは「生活保護手帳 別冊問答集2009」というものに書いてある、と。ではその内容を調べてみましょう、と。
ちょっとググってみたら、こんなサイトがありました。→『行政文書一覧
どうも、「神戸の冬を支える会」というボランティア団体っぽいところが作成してるサイトのようです。が、それはともかく、そこに、「生活保護手帳 別冊問答集2009」と「同一内容の事務連絡」がアップされています。
それで、この記事で言われている項目があるのがここ(PDF)。→http://www.kobe-fuyu.sakura.ne.jp/09_mondou/09_009_dai%209%20hogo-no-kaisi-sinsei-tou.pdf
問題の箇所を引用します。(文字起こし、めんどくさかったよ)↓

(問9-2)[代理人による保護の申請]
 代理人による保護の申請は認められるか。


[参照]法第7条
    法第25条


(答)民法における代理とは、代理人が、代理権の範囲で、代理人自身の判断でいかなる法律行為をするかを決め、意思表示を行うものとされている。これに対して生活保護の申請は、本人の意志に基づくものであることを大原則としている。このことは、仮に要保護状態にあったとしても生活保護の申請をするか、しないかの判断を行うのはあくまで本人であるということを意味しており、代理人が判断すべきものではない。また、要保護者本人に十分な意思能力がない場合にあって、急迫した状況にあると認められる場合には法第25条の規定により、実施機関は職権をもって保護の種類、程度及び方法を決定し、保護を開始しなくてはならないこととなっている。
 以上のことから代理人による保護申請はなじまないものと解することができる。
 なお、本人が自らの意思で記載した申請書を代理人が持参した場合については、これは代理ではなく、使者として捉えるべきであり、そこで行われた申請は有効となるので留意が必要である。

ついでに、生活保護法も引用しましょうか。→『生活保護法

(申請保護の原則)
第7条 保護は、要保護者、その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請に基いて開始するものとする。但し、要保護者が急迫した状況にあるときは、保護の申請がなくても、必要な保護を行うことができる。

生活保護法

(職権による保護の開始及び変更)
第25条 保護の実施機関は、要保護者が急迫した状況にあるときは、すみやかに、職権をもつて保護の種類、程度及び方法を決定し、保護を開始しなければならない。
2 保護の実施機関は、常に、被保護者の生活状態を調査し、保護の変更を必要とすると認めるときは、すみやかに、職権をもつてその決定を行い、書面をもつて、これを被保護者に通知しなければならない。前条第2項の規定は、この場合に準用する。
3 町村長は、要保護者が特に急迫した事由により放置することができない状況にあるときは、すみやかに、職権をもつて第19条第6項に規定する保護を行わなければならない。

生活保護法

まー、なんというか、お役所言葉が多くて読みにくいですかね。
まず、「問答集」に書かれている「代理」というのは、法律用語としての「代理」ということに気をつけるべき。ってことは、当然「民法」を参照しないわけにはいかないのですが、ここは簡単にWikipediaで済ませてしまいましょう。→『代理 - Wikipedia
またまた引用。(太字の強調は引用者による。)↓

民法上の用法では、本人に代わって別の人間が意思表示を行うことにより法律行為(契約等)を行い、その効果が本人に帰属する制度をいう。

代理 - Wikipedia

民法における代理とは、法律行為の効果帰属主体と意思表示の主体(行為主体)を分割する制度である。そのため、本人がいかなる法律行為をするか決め、その意思表示を伝達するにすぎない使者とは異なり、代理人が、代理権の範囲で、代理人自身の判断でいかなる法律行為をするか決め、意思表示をするのである。例えば、民法上の支配人たる支店長が支店長名にて会社に関する契約を締結すれば「代理」だが、代表取締役によって記名捺印された契約書を、相手方に交付するにすぎない場合は、意思表示の主体は代表取締役であって、この場合の支店長は「使者」にすぎない。

代理 - Wikipedia

というわけで、民法上の「代理」というのは、本人(依頼人)の判断ではなく、代理人(弁護士)が本人に成り代わって判断して行う行為であって、その行為の結果生ずる利益や責任は本人に帰する、ということですよ、と。
ってことは、生活保護の申請を代理人が行うということは、本人の「申請する意思」の有無が確定しているとは必ずしも言えない、ということになっちゃうわけですね。現実的には、依頼人の意向にそった業務を行うのが弁護士なわけですが、それは、法律上(というか行政)の解釈としての代理行為とは、ちょっとずれるわけです。あと、ここでいう「代理」は、弁護士によるものだけでなく、無資格というか非専門家による代理行為も含まれている、と解釈できるでしょうね。
で、生活保護法の第7条の条文を見ると、「要保護者、その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請に基いて開始するものとする」とあります。*1「申請に基いて開始するものとする」というのは、裏を返せば「申請がなければ、保護を開始しませんよ」ということで、そこの生活保護を受けるか否か」の判断は、あくまでも本人(あるいは扶養義務者や同居親族)の意思次第だよ、ということになります。というか、行政はそういう法解釈をしているみたいですよ、と。
で、民法上の「代理」というのは「本人」に成り代わって判断しちゃうわけですから、今のところ、行政の解釈では「代理人による保護申請はなじまない」ということになるわけです。
じゃあ、本人がなんらかの事情で申請できない場合はどうするのか。例えば、路上生活者が交通事故に遭ったり、急病で倒れたりして、救急搬送で病院に担ぎ込まれたが、意識不明の状態である、なんて場合。この場合、医療費の支払いができるかどうかも分からないし、治療の結果助かっても今後の生活がどうなるか分からない状態です。もちろん、意識不明なら申請の意思の確認もしようがない。
しかし、生活保護法では、上に引用した通り、第7条にも「要保護者が急迫した状況にあるときは、保護の申請がなくても、必要な保護を行うことができる」とありますし、第25条ではさらに「保護の実施機関は、要保護者が急迫した状況にあるときは、すみやかに、職権をもつて保護の種類、程度及び方法を決定し、保護を開始しなければならない」と、行政に義務を課しています。だから、この例の場合には、行政は、当然「急迫した状況」として、生活保護を開始して、必要な医療行為などを受けられるようにしなければならないのです要するに、代理人による申請は必要ない、そもそも
他にも、「急迫した」とは言えないまでも、なんらかの事情(寝たきりの状態だとか、仕事の都合だとか)により本人が申請に来られないケースはありえます。そういった場合は、誰かに頼んで役所なり社会福祉事務所なりに行ってもらう、ということはありえるでしょう。しかし、この場合は、民法上の「代理」ではなく、「使者」としての行為に当たると考えられます。弁護士が依頼人の代わりに申請書をもらってきて、それに本人が記入し、また弁護士が役所に申請書を提出する、とかね。そういった場合は、「問答集」でも「そこで行われた申請は有効」としているわけで、特に問題ないでしょう。
実際、朝日の記事に戻ると、

 生活保護問題対策全国会議事務局長の小久保哲郎弁護士によると、代理申請でも窓口には大抵、申請者本人を同行する。弁護士だけで申請した場合も、担当者 が本人に意思確認するのが普通だという。小久保弁護士は「わざわざ問答を作ったのは、我々の活動への牽制だ」と反発する。

apital(アピタル):朝日新聞の医療サイト

とありますが、本人が同行して申請しているなら、その場合の弁護士さんは単なる付き添いです。(本人だけだと窓口で言いくるめられてしまうかもしれないから、それを防ぐための監視役でもある。)そこで、もし「代理人として署名」していたとしても、本人の署名があれば、役所は弁護士の署名なんてものは無視している、ということでしょう。事務手続き的にはあってもなくても関係ないだろう、と。それから、弁護士だけで申請した場合に「担当者 が本人に意思確認するのが普通」ということは、弁護士を「代理人」としてではなく、「使者」として扱っているということではないですかね。もしも、この「代理申請」が本人が署名した申請書を提出するのではなく、代理人としての弁護士の署名だけしかない申請書を提出しているのなら、後で本人に意思確認するときに申請書を取り直している可能性が高いんじゃないでしょうかね。ま、それは分かりませんが。上で「ちょっとミスリードくさい」と書いたのは、こういう理由です。朝日の記事では「代理」の意味が法律上の解釈を超えて使われてるんでしょう、たぶん。
要するに、生活保護手帳 別冊問答集2009」の内容は、この記事で書かれているような、現状の弁護士さんたちが行っている生活保護を申請する人に対するサポートを具体的に制限しようとしているものでも何でもないんじゃない、ということが言いたいわけです、俺は。ブコメにもそういう趣旨のつもりで書いた。(ブコメに書いた時は、ここまで深く検討したわけじゃないですが。)↓

「わざわざ問答を作ったのは、我々の活動への牽制/弁護士の職務に不当な制限を加える内容」そうかな。この記事だけだと「代理人が判断すべきではない」と言ってるだけで、同行などを認めないと言ってる訳ではない。

はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):生活保護の代理申請、厚労省「待った」 日弁連が反発 - 医療・健康

まー、ひょっとしたら「牽制」ではあるかもしれない。ちょっと考えすぎのような気もするけれど、そうではないとは、俺には判断できません。でも、

日弁連の「貧困と人権に関する委員会」(木村達也委員長)は「弁護士の職務に不当な制限を加える内容で、容認できない」と批判する。

apital(アピタル):朝日新聞の医療サイト

という、「不当な制限」というのは言いすぎじゃないですかね、と。
繰り返し書きますけど、俺は今の弁護士さんたちが取り組んでいらっしゃる申請者へのサポートは、いいものだと考えていますし、今後も続けていってほしいと思っています。ここで書いたように、「制限」は事実上ない、と俺は考えますから。


あと、ブコメで、↓

id:minoru-n 社会保障 朝日新聞の記事が正しいのなら,厚生労働省の言っていることは無茶苦茶。/辞退届けの提出を強要する運用を推進していたところが何を言う/id:nijuusannmiri本人意志があるから代理を依頼したのでは?意味不明ですよ。

と、idコールされたのですが、このエントリで応答に代えさせていただきたいと思います。付け加えるならば、上記のように、朝日の記事はちょっと問題があるように思いました。「本人意志があるから代理を依頼したのでは?」ということについては、そう考えるのが普通だと、俺も思いますが、「それは、法律上(というか行政)の解釈としての代理行為とは、ちょっとずれるわけです」というあたりが、お答えになるかな、と。(minoru-nさんは、実務法律家だそうなので、俺の書いたことに間違いがあれば指摘していただけると、助かります。これは、あくまで素人の書いたものですから。)


だけど、こうやって、いろいろ調べてもですよ、なんだか行政の肩を持つみたいになっちゃうのは、俺としては本意ではないです。どっちかというと、心情的には弁護士さんたち寄りなんですよ。それに、厚労省日弁連に強硬に抗議されたら、引っ込めるんじゃないかなー、とか、そんな気がしないでもないです。そうなっちゃうと、このエントリ自体の意味がなくなっちゃうわけで、あー、なんか、すごく無駄なことやってるのかも、俺。


追記(2009/6/4)

minoru-nさんからトラックバックをいただきました。→2009-06-04 - 片田舎から考える、貧困・労働・憲法
minoru-nさんは、俺の「代理」の理解に誤解がある、と指摘されて以下のように解説していらっしゃいます。

しかし,生活保護の申請は,申請をするかしないか,しか判断要素がありません。代理人を選任する際に,委任状を作成しますが,当然委任事項を記載します。本人が「生活保護を申請することを依頼する」意思があることは明らかなのです。本人に申請意思がない(またはあるかないか判然としないのに)のに生活保護申請をするということがあるのなら,その代理権授与自体に問題があるということになります。

2009-06-04 - 片田舎から考える、貧困・労働・憲法

なるほど。となると、問題はですよ、「代理権授与自体に問題がある」のかないのかを行政の窓口がどう判断するか、って一点なんじゃないですかね。代理人が委任状を窓口で提示すれば事足りる、ということにすればいいのか。それでいいような気もしますが、それを行政がダメだと考えているとするなら、今後の日弁連の抗議などの結果を待ちたいですね。抗議を受けても、厚労省が引っ込めなければ、裁判の形で決着をつけよう、となるかもしれません。
ただ、ここで、俺が思うのは、「委任状があるなら、申請書も(本人が)書けるんじゃね。じゃ、この場合は申請書を書いて使者に託すということと、実質的にどう違うんだろうか」というようなこと。上で引いた「問答集」を根拠として、「代理申請」が窓口で認めてもらえなかったとしても、代理人ではなく「使者」として本人の申請書を受け付けてもらえれば、申請者本人にとってはそれでも良いわけですよね。これについては、現時点でも、行政自身が「有効」と言ってるわけだから。
何が言いたいかというと、一番大事なのは「実質的に」何が出来るのかということで、現実的な対応として申請者本人の不利益にならない形を工夫すればいい、いや、工夫しなくちゃいけないんじゃないか、ということです。
ひょっとしたら、弁護士さんの業務として、「代理人」と「使者」では報酬が全然違うとか、そういう問題はあるかもしれませんが、それこそ工夫のしどころかな、と。その辺は、素人考えで無責任なことをあんまり書いちゃいけないでしょうが。
あと、

もともと,生活保護についての水際作戦はずっと以前から行なわれていました。申請意思を持つ人に対して,「生活相談」と称して申請をさせない,申請書を渡さない。,稼働能力があるから駄目だといって追い返す,支給決定をしても辞退届けを書かせて辞退させる,という方法がまかり通っていました。僕自身も,自分自身の手持ちケースや近い知人の手持ちケースで実際に経験した例があります。その生活保護行政を統括する厚生労働省が,本人の意思の尊重などと言って,申請を制限するようなことを言うこと自体,非常におかしな話なのです。餓死事件を起こした北九州市は,厚生労働省のモデルケースとされ,当時の関係者は,生活保護についての講演会だかシンポジウムだかに招待されていたという「実績」まであります。厚生労働省の真意は,「本人の意思の尊重」ではなく,「申請の制限」にあることは,これまでの生活保護行政の運用や厚生労働省の態度から明らかです。

2009-06-04 - 片田舎から考える、貧困・労働・憲法

という話。いわゆる水際作戦というのがいかにひどいものか、俺もその片鱗は知っています。その意味で「本人の意思の尊重」なんて言いぐさがちゃんちゃらおかしい、というのも理解できます。
俺の誤解というか無知もありますから、「「不当な制限」というのは言いすぎ」というのは外しているかもしれません。けれども、このエントリで書いてきたように、その「制限」を事実上ないようにすることはできる、という考えは変わりません。繰り返しますが、「実質的に」というところが一番重要なんだと、俺は思います。


また、id:tzitouさんが、ブコメで「なぜわざわざ付け足したかって疑問は残るかな」と指摘されていらっしゃいますが、それは俺にも分かりません。「牽制」の意味合いが全くない、とは言えない部分ですね。
ただ、その「なぜ」とか「厚生労働省の真意」とか、正直に言うと、俺はそんなに興味ないです。興味があるのは「実質」です。

追記2(2009/6/5)

minoru-nさんから、さらにトラックバックいただきました。→『090603 生活保護申請について,代理人による申請を制限 - 片田舎から考える、貧困・労働・憲法

水際作戦があるからこそ,使者ごときではダメなのですよ。単に「書類を持ってきただけの人」が,窓口のCWとやりあえるのでしょうか。

090603 生活保護申請について,代理人による申請を制限 - 片田舎から考える、貧困・労働・憲法

いえいえ、「使者」と言っても「書類を持ってきただけの人」ではなく、法律の専門家である弁護士さんなどを想定しています。
俺は、この問答で「使者を介した申請は有効」ということが明記されているのは、結構重要だと思いますよ。邪道に思われるかもしれませんが、これを根拠に、申請を(言葉が悪いですが)「ねじ込んでこいよ」と言ってるわけです、俺は。
この問答が、「本人による申請でなければ受理しない」という窓口の対応の根拠になるのは明白ですが、そこで、「いや、これは『代理申請』ではなく、本人の書いた申請書を届けに来たんですよ。それは有効であると『問答集』にも明記してあるでしょう」と、逆手にとってこいよ、と。
俺も、自分がminoru-nさんと対立する立場だとは考えません。だから、批判ではなく、「こう考えたらどうだろう」という提案程度に思って頂ければ幸いです。
お怒りになられていることそのものは、十分に理解できますし、もっともなことかと思います。
あと、

もし,暴力団貧困ビジネスを排除するなら,別な方法があるはずです。暴力団の排除は,行政対象暴力と位置付けて,個々のCWをフォローする体制をつくるべきです。貧困ビジネスの排除は,CW一人当たりの負担件数を減らし,充実した自立支援とカウンセリングができるようになってこそ,可能でしょう。

090603 生活保護申請について,代理人による申請を制限 - 片田舎から考える、貧困・労働・憲法

の件ですが、俺はこのエントリでは、行政対象暴力貧困ビジネスのことも触れませんでした。ただ、「代理申請はダメ」という判断の背景の一つに、代理申請を認めた場合に、そういった問題(暴力団関係者が代理人と自称して窓口で威圧するとか)が発生するのではないかという懸念がある、というのは、考えられなくもないでしょう。
しかし、それに対する対策に上記の問答がなっているかと言うと、そうでもないわけです。俺が書いてきたように、「実質的に」はこの問答を逆手に取ることもできますから。
結局、minoru-nさんのおっしゃるような対応が正当な対処の仕方だろう、と思います。
行政対象暴力については、「役所もヤクザなんかにびびんなよ」くらいのことは思ってますが。


しかし、これは余談ですが、生活保護の窓口の対応というのは、自治体ごと、もっと言えば対応する職員さんごとによっても全く違う、という印象を持っています。だから、「自分の体験ではこうだった」というのが、案外他の人の参考になるようでならなかったりするということがままあるのは、何とかならないかなー、なんてことをよく思います。ホームレスに対する対応も、同じ愛知県内でさえ、名古屋市と他の市町村では全然違ってたり、とかね。

*1:「要保護者」というのは「生活保護を必要としている状態にある人」というような意味です。