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『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を見た。

映画生活

id:matsueさんのブログの紹介記事を読んでから、なんとなく気になって、せっかく名古屋近郊に住んでるんだし、年末辺りに見に行こうとは思っていた映画です。(でも、前売券を買うのはすっかり忘れていた…。)
ちなみに公式サイトはこちら。→http://wakamatsukoji.org/
1月1日のエントリで「最後の最後にとんでもないものを見てしまった」と書いたのはこの映画のことです。だから、2007年のベストムービーは本当はこの作品なんですが、2008年公開作品の先行上映という形で見たので(パンフもまだできていなかった)、2008年のベストムービーにとっておくことにしました。


一言で言うと、って一言では絶対に言い表せない作品なんですが、ものすごく心を揺さぶられ、掻き乱される「映画」でした。
うーん、前にちょっと僕自身の「ナチュラルボーン左翼(笑)」な出自を書いたことがあって、それを読んだ人に誤解されるのもアレなんで、一応書いておきますが、僕は赤軍派にせよ日本赤軍にせよ連合赤軍にせよ、その他の極左とか新左翼などと呼ばれる運動や団体及びその思想や活動などに関しては、全く共感の気持ちを持っていません。というか、積極的な興味をほとんど持っていない、と言った方がいいかもしれません。この作品で描かれる「あさま山荘事件」にしても、自分が生まれるはるかに前の出来事で、歴史上の事件、というかテレビの「懐かしの映像特集」みたいな番組を通してしか認識していません。
ただ、むしろ、そのような僕でさえ引き付けてしまう作品である、ということが重要なんだと思います。
映画は「実録」のタイトル通りに、淡々と事実を描写していくことに徹しています。実は、事前に、連合赤軍の事実関係についてWikipediaなどでざっと知識を得てから見に行ったのですが、全くの白紙状態で見ても十分理解できるものだと思います。個人的にはある程度の予備知識があった方が、細かな事実関係の把握にも役立つし、登場人物の描写をより集中して鑑賞できるのではないかとは思います。


で、素晴らしい作品であることには間違いありませんので、是非見に行ってください。
ここからは僕のごく個人的な感想になります。ネタバレを含みますので、そういうのが嫌いな方はご注意を。




僕は、この映画をある種の青春群像劇ではないかと感じたのですが、「青春」という言葉の持つきれいな響きとは裏腹に、かなり過酷で悲惨な事実が描写されています。監督の意図がどういうものなのか分かりませんし、あえて知りたくもないような気もしますが、ここで描かれる事実の重さに対し、登場人物たちが口にする「革命」や「闘争」や「共産主義」といった言葉が、僕にはひどく空虚に聞こえました。
理想というものに正しいも間違いもないと思うんですよね、僕は。というか、どんな思想や宗教の理想であっても、それは基本的には全ての人々が幸福になれる世界を目指しているんだろう、と思うわけです。(もちろん、その「幸福」な世界が誰にとっても幸福であるかどうかは話が別ですが。)しかし、僕は、その理想を実現するために暴力を使うのはやはり違うんじゃないだろうか、と思います。赤軍派が武装闘争を選んだ時点で、それはもう間違いだったのではないか、と。僕個人が暴力を好まないということを脇に置いておいても、あの時点の日本に置いて銃を取り、爆弾を作って、「革命」を成功させようと考えたこと自体無理があったように感じます。それは結果論にすぎないかもしれませんが、しかし、それこそ結果において、彼らの暴力は誰をも幸福にすることが出来なかった。正しいか間違いかは僕の主観に過ぎないけれど、それが「失敗」したことだけは確かでしょう。
だから、この作品の中で冷徹に描き出されているように、赤軍派が衰退し、革命左派*1と合流し連合赤軍となりつつも、その衰退に歯止めがかけられず次第に追い詰められ、自滅していく一連の流れは、僕には「必然」としか思えませんでした。
そして、こうした「必然」の中、悲劇が起きていくわけです。悲劇そのものは、もしかしたら避けられたかもしれない。けれど、避けられなかったという事実そのものが、悲劇です。内ゲバとか、集団リンチ殺人などという単語だけは知ってはいましたが、この映画に描かれるそれが10分の1でも実際に起きたことならば(実際には、ほとんど全て事実のようですが)、その凄惨さに言葉を失います。どのように言葉を繕っても、ここには「革命」はなかった、そう言い切りたくなります。印象的な場面がいくつもあるのですが、登場人物の語る「思想」や「革命」にはピクリとも心が動きません。そんな上滑りするような空虚な言葉と、仲間の死(自分たちが殺した)という現実の間で、その場の空気を支配していたのは恐怖と、もはや引き返すことが出来ないという諦念、だったのではないでしょうか。(いや、もちろん、そんなに簡単には断言できないんですけどね。)
しかし、ラスト近く、わずか5人にまで減った連合赤軍兵士(19歳と16歳の兄弟を含む)が立てこもった浅間山荘の場面で、不覚にも涙させられてしまいました。それは、立てこもり犯の母親たちが人質*2を解放するよう説得する、拡声器の声が聞こえてくる場面です。どう考えても、まともな人間のすることではない所業を繰り返してきた彼らの、あまりにも人間的な動揺を見せ付けられ、なぜだか、涙が止まりませんでした。
そして、あともう一つ、機動隊の突入直前に年長のメンバーたちが、まるで達観したように最期の言葉を交わしているのを聞いていた最年少の少年が、激昂して放った言葉、「僕たちは勇気がなかったんだ! あなたも! あなたも!」という台詞を聞いた瞬間も、自分の心が震えるのを感じました。どうしようもなく、心臓をわしづかみにされたような気がしました。
これらがこの作品の持つある意味で恐ろしい、「映画のマジック」なのかもしれません。


僕は、この映画を見るまでは、暴力というものは感情の歯止めが利かなくなって発生するものだと、どこかで思い込んできました。それこそ『クローズZERO』のように。ところが、実際には「理性の暴走」というものもあって、そちらの方がよほど恐ろしいのではないか、ということを気付かされました。
この作品においては、その暴力は反権力の側が用い、自滅していったわけですが、権力の側が用いる暴力も同じ問題を抱えているはずです。それは犯罪として裁かれない分、余計にたちが悪いかもしれません。
とは言え、既に書いたように、連合赤軍については、理想を目指しながらも誤った方針を選択し、必然として失敗した、という印象を強く持ちました。(このような言い方をしても、彼らにしてみれば、思想を根本から否定されたと感じられるのでしょうが。)
僕は、以前にid:Marco11さんに「あなたはアナーキストですらない」*3と看破されたことがあります。それはその通りで、僕はアナーキストではありません。Sex PistolsThe Clashも大好きではあるけれど、それとこれとは別です。僕は秩序のない社会を本気では望んでいません。ただ、暴力によって不幸になる人がいなくなることを望んでいます。ただ、権力や社会制度/システムや世間の人たちの意識・無意識によって、不当な抑圧や取り扱いや差別を受ける人たちが居なくなることを望んでいます。それらを実現するのは「革命」などという空虚な言葉が表すものではない、と考えます。Marco11さんのお仕事もそれを実現に近づけるものであるでしょうし、僕のやっていることもその助けになれば、と思っています。(ここでは具体的には書かないと決めているので、これ以上は書きません。あと、Marco11さんは誰からも指図されない立場を確保していらっしゃるようですが、そこのところは僕とは違います。)


えーと、全然言いたかったことが書ききれていないような気もしますが、とにかく、見て損することはないと確信していますので、是非より多くの人に見てほしい映画です。

*1:日本共産党革命左派神奈川県委員会 映画の中では「革命左派」と呼ばれることがほとんど。

*2:映画の中では、連合赤軍側から繰り返し「あなたは人質ではない」と言っていたが、やはり誰がどう見ても人質だろう。

*3:その後、表現を直されたので、名指しという感じではなくなりましたが。