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理系/文系女子について語るのが流行ってるのか…

どうでもいいんじゃないですかね。
『文系・理系話しに加われない。。。 (奥様、鼻毛が出ておりますことよ)』という記事を読んだのですが、というか、そこで言及されてる記事を読んで最後にこの記事にたどり着いたのですが、いや、面白かったです。
理系だの文系だのに分類して分析して語るというのは、ゲームとしては面白いかもしれませんが、僕個人はあんまり参加したくないゲームでもあります。結局、そのカテゴライズというか「レッテル貼り遊び」から零れ落ちてしまう人たちのあまりの多さに、意義を見い出せないんですよね。その辺は、リンク先の記事を書かれた方の考えと、近いのかもしれません(が、よく分かりません、すいません)。


うーん、というか、これって主眼は「理系/文系」にあるのではなくて、「女子」について語りたいだけなのでは?と、思ってもう一回大元の記事を読み直したら、その記事を書いているご本人が「理系女子」なんですね。ちょっと勘違いしてました。が、大枠としてはこれはやっぱり「理系/文系その他」の問題ではなくて、「自分」の問題なのでは?その自分がたまたま「女子」だったから、「理系女子」の問題にすり替えちゃってるのかな?などと思いました。
ま、でも、それはいいんです。自分のアイデンティティの力点をどこに置くかは、その人次第だし、その人自身にしたって、別の場面では別の力点を選ぶこともあるし。
問題は、「理系の女子」以外を「普通の女の子」にしてしまっている点で、「普通」ってのは案外ないことなんですよね。
それは、理系でも文系でも美大出身者でもどれでも同じことで。「自分」は他の人たちとは違う、あるいは特定の「あの人(たち)」とは違う、そういう意識は誰しもが持つもので、僕も持っています。でも、その他者とか「あの人」に「普通」というレッテルを貼るのは、多分まずいんです。それは、自分や自分に近い人を「普通」と見なして、それ以外の人を「普通でない」「異常」「変」「変態」と見なすことと、同じくらいまずい、と思います。
とは言え、gomi-boxさんもその辺のことはご承知の上なんじゃないかな、と想像します。なんとなく。


で、ここから先は話がずれていきますが、そもそも「普通」も「特別(とか異常とか)」も相対的なもので、視点を変えればその判断基準は大きく変わります。AさんとBさんはお互いを全く接点のない者同士だと見なしていても、Cさんから見れば2人は似た者同士である、なんてことはザラにあるわけです。逆に、端から見て全然共通点が無さそうな2人が、お互い同士は深く通じ合うものを持っていると認識していることだって、たくさんあります。
それから、これはまた全然違うレベルの話ですが、僕の友人になんというか「普通」としか呼びようのない奴が居ます。その「普通」というのは、例えばマスメディアなどを通して目にする世間の「平均点」を集約したような感じです。しかし、どうも奴はそれを意識的に選択しているくさいんですよね。変な言い方になりますが、普通を追求して、過剰な普通を身に付けてしまってる、という感じ。結果的に、それはすごく「変」で、とても面白い奴になっているという。
だから究極的には、やっぱり普通なんてないんですよね、きっと。(aozora21さんがおっしゃっているとおりです、たぶん。)
けど、個々の差異は当たり前として、自分もひっくるめて「みんな人間じゃんか」という視点から、「みんな普通だよね」と言うのはありかな、とも思っちゃいますが。そこまでいっちゃうと、普通という言葉が意味を成さなくなって、で、まぁ、冒頭の1行に戻ると。