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学童保育の思い出と、(今思う)その効用について少し。

先月の話ですが、こちらの記事を読んで、何か書こうと思っていたのですが、なかなか書けなくて。→finalventの日記 - なんどか書いていると思うがいじめ問題の解決は簡単といえば簡単ですよ
以下引用↓

子供を異質な複数の所属にすること。
 学校と家庭というのが、二つの異質性になれば、それはそれでいいけど、それがどうやらダメっぽい。単純にいえば、家庭がそういう機能になってない。
 となれば、第三の所属があればいい。
 というか、普通の地域共同体のモデルを考えても、子供はそういう第三の所属を持っているものだった。
 重要なのは、子供たちのなかで年長から年少までを自治的に構成させ、そのなかで権力の行使と緩和を学ばせること。


はてブのコメントに書いている人もいましたが、これって僕の知ってる言葉に翻訳すると、「学童保育」のことではないのかな、と思いました。僕自身も小学生のときには、そこに通っていたのですが、こちらの記事を読んでから、いろいろ思い出しつつ考えたことがあって、それを書こうかと。それで、小学生の頃の記憶を元に、以下の記事を書くわけですが、何しろ20年位前の記憶なので、現状とは大分違っているかもしれませんので、悪しからず。



ひょっとして、「学童保育」が何のことか分からない人も居るのかな? ものすごく簡単に言うと、「両親共働きやひとり親の家庭の子(小学生)などが、放課後を過ごすための場所」ということになるでしょうか。たいていは大人の指導員が1〜2人(多いところで3〜4人)くらい居ます(居ました)。



僕が通っていた学童保育は、規模が60人〜80人くらい(年度によって人数はかなり変わる)で、とくに重要だと思うのは、小学1年生〜6年生が通っていたこと。3年生まで、というところも多い(多かった)のに。*1指導員の数は2〜3人くらいだったか。
1年生から見ると6年生は、かなり大人に見えます。肉体的にも精神的にも。それが、一緒になって行動していたわけです。
何をやっていたかというと、記憶が曖昧なところがありますが、だいたい集団遊びをしていました。サッカーとかキックベースなんかの球技もありましたが、多かったのは地面に線を描いて、2チームに分かれて陣地を取り合う、というようなゲームだったと思います。*2「陣取り合戦」と言っても、じゃんけんで勝敗を決めるといった穏便なものから、片足で“けんけん”しながらどつき合うというちょっと乱暴なものまであって、それはそれぞれの面白さがありました。考えてみると、ほっておいたら1日中読書ばかりしているような(そして、運動がかなり苦手な)子どもだった僕は、これらの遊びがなければ、かなりひ弱に育っていたでしょうね。あと、いわゆる伝統遊びもかなりやりました。けん玉、こま(ベーゴマを含む)、竹馬、たこ揚げ(当然自作)などなど。あー、まりつきもやった、そういえば。



で、ここからが肝心なのですが、1年生から6年生までの子どもの集団があれば、そこには当然ある種の権力関係が生まれます。下の学年は上の学年の言うことに従え、みたいな。
ところが、(少なくとも僕の通っていた学童保育では)それはそんなに絶対的なものではなかった。つまり、腕力やあるとか体がでかいとか、そういう身体面で優位であることは、権力を行使する上でもちろん重要なことではあるけれど、それだけでは早々に孤立化してしまう。どうすればその孤立化から逃れられるのか、簡単に言えば、「思いやりを持つ」ということ。ま、「他者の心情に対して想像力を持つ」ということですね。
例えば、ジャイアンみたいな子が居たとして、それは同じ年齢の集団の中では権力者として君臨できるかもしれないけれど、ある程度以上の幅広い年齢の集団の中では必ずしもそうではない。なぜなら、ジャイアンはその集団の中では、最初は「強者」ではなく、1年生という「弱者」であるから。そして、そのジャイアンは上の学年になるにつれ、ジャイアンのままではいられないことを学んでいく、と。そう全てが上手くいくというわけではありませんが。(これが、1〜3年生しかいないとかだと、この図式は上手くいかないことが多いような気はします。)
ただ、2年生が1年生をいじめていたら、4年生が注意するとか、6年生が3年生をいじめていたら5年生が注意するとか、そういうことができるだけの風通しの良さはあったな、と思います。そういうのは、部活動なんかではあんまりないでしょうね。
さらに言えば、上記の伝統遊びなどは、経験がものを言う部分が大きいので、下の学年に対して上の学年が教えるという構図が自然とできあがり、「下から上への敬意・上から下への気遣い」が生まれやすかった、ということもあったかもしれません。僕個人に即して言えば、「学校ではさえないいじめられっ子」であっても「学童保育では頼りになる兄貴分的存在(というのは言い過ぎかもしれないけれど)」でもあるという事実が、自己肯定感を持つ助けになったことは(今思えば)否定できません。



じゃあ、何でもかんでも良いことづくめかというと、そんなわけはありませんが、考えてみるとポジティヴな側面がいろいろあったなぁ、と思い出しました、という話。
あと、「いじめ」に絡んだことでは、ネガティヴなことばかり書いてきた気がするので、少しはポジティヴなことを書いておきたいと思った、ということもあります。
残念なのは、これが、小学生時代だけで終わって、中学生以上になるとそういうものがなくなってしまうということ。難しいけれど、例えば12歳〜18歳くらいまでの年齢層をカバーできる、学童保育的な何かがあってもいいかもしれない、ということは思いました。でも、それが実際にどういうものになるのかは、うまく想像できないですね、今のところ。

*1:要は学校の授業が終わった後、帰宅しても親が居ない子どものための施設なので、そこへ通うのは低学年の子が多くなるのは当然。学年が上がってくると、もう不要でしょ、という考え方も、まぁ、理解できる。1998年に「放課後児童健全育成事業」という名称で学童保育が制度化されたが、このときも対象は「おおむね10歳未満の児童」となっている(児童福祉法第6条の2第2項 参考→http://www.houko.com/00/01/S22/164.HTM)。

*2:地域によって呼び名やルールがかなり違うと思うのですが、僕の子ども時代は“Sけん”とか呼んでました。