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忙しいとかなんとか。あと、募金がどうしたこうした。

最近、ここの日記が更新できていないのは、忙しいのもあるし、書くネタが思いつかないのもあるし、ネタがあっても煮詰める余裕がない(もともと、そんなに煮詰めて書いてませんが)のもあるし、子どもが風邪引いちゃって大変だってのもあるし、まぁ、いろいろ。
ところで、募金ネタはちょっと流行ったみたいですが。
僕は基本的には募金しません。赤い羽根共同募金は出しましたが、それは町内会で集めに来るので(集めに来る人が気の毒なので)出す、って感じです。このことには、僕がそういう人間である、という以上の意味はありません。他の人がするのしないのなんてことは、その人の自由(と自己責任)だと思いますので、みなさんどうぞご自由に。
難病を治療するのに海外に渡らないといけないが、その費用がべらぼうに掛かるので募金を呼びかける、というやり方自体は否定する気はさらさらないのですが、そういうことを見聞きするたびに思うのは、その治療は(海外ではできるのに)なぜ国内ではできないのだろう、ということです。国内で治療可能ならば、渡航費用の面だけを見てもかなり安くなるはずなのに。そうしたら、そもそも募金そのものが不要になるかもしれないのに。
いろいろと難しい問題が絡むのでしょうが、では、具体的にはいったい何が障壁になっているのでしょうか? どうもよく分かりません。よく分かりませんで、いつも終わってしまう僕も悪いんでしょうけど。
僕の子どもが、海外でないと治療できない難病にかかったとします。そして、その費用が僕の収入では、とても工面できない金額だったとします。そういう状況になったら、他人に募金するのはあまり気が進まない僕のような人間でも、子どものために募金を呼びかけることはありうると思います。身勝手といわれようとなんだろうと、それ以外に選択肢が無ければ、そうするのが人情ではないかと思います。だから、いろんな募金活動に関わる人を否定したり非難したりする気は、僕には全く無いのですが、でも、やっぱり「そもそも募金が必要にならないような状況であれば良いのに」とも思ってしまうでしょうね。
国やら自治体やら行政機関に、金銭面で何とかしてもらおうというのは虫が良すぎる話かもしれませんが、もしも制度面での不備や障壁があるのなら*1、それは何とかしてほしいというのは、それはそんなに理不尽な要求でもないと思いますが、どうでしょうかね。
まぁ、深い考えもない戯言の類ですが。

*1:ここでは、技術的な面での障壁は、とりあえず脇に置いておきます。