死刑は、つまるところ国家による敵討ちの代行であって、その代行する現場の人の声ってなかなか聞こえてきませんね、という話。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://luxemburg.exblog.jp/4219915
うーん、死刑を刑務官が行うのではなく、他の受刑者にやらせたらどうかという意見があるようですが、どうなんでしょうかね。僕は、そういう意見には賛成しないです。


特に根拠があるわけでもなく、漠然と思っているだけのことなんですが、死刑という制度は、少なくとも「殺人」についての抑止にはならないだろうな、と僕は思ってます。
だって、どのような理由があるにせよ、殺したい相手を殺してしまうのが人間なんだもの。ま、その辺は話がどんどん逸れていくだけなので、深入りはしません。


刑務官の仕事が過酷なのは、なんとなく想像がつくけれど、現状では、本当のところがよくわかりません。だから、死刑を公開にしたらいいじゃないか、と思います。死刑の実態がどんなものなのかそれではっきりするし、死刑反対派も賛成派もその上で議論を進められるじゃないですか。そうしてはいけない理由というのはあるでしょうか?


前にも書いたことですが、死刑を支持する理由は様々ではあるけれど、結局「被害者の遺族の感情を慰撫する」ことが主たる目的なんだろうと僕は思うんですね。予防効果というのは、僕はあんまり信じていません。
僕は、死刑の執行は遺族の人にやってもらったら、という意見を上記の記事で書きましたが、それは本気でそう思っているわけじゃないです。遺族を慰撫する制度なり仕組みなりが、あまり整備されてこなかった状況がおかしいよね、と言いたいだけです。
ただ、少なくとも死刑制度が、実際にそれを執り行う人が居て初めて維持される制度である、ということは意識しておく必要があると思います。別の話ではありますが、戦争がそれを遂行する兵士が居て初めて成り立つのと同様に。