物語は誕生し、物語は生き、物語は死んだ。

人間は、三つの点があると、「顔」であると認識してしまうという。
言われてみれば、そうかなという気はする。心霊写真の類にはそういうものが多い。光の加減などで偶然にできた三つの点(影)を、守護霊だの地縛霊だのとこじつけたり。よくよく見てみれば、それは人の顔とは似ても似つかぬものなのに、何となく薄気味悪く感じてしまうのだ。
これは人間の本能なんだそうだ。この本能のおかげで、人類は敵の存在をいち早く察知することができた、とかなんとか。本当かどうかは知らない。でも、この本能のせいで、天井のしみが恐ろしげな顔に見えて眠れなくなるんだとしたら、皮肉なことだ。


音楽の話。
三つの音が鳴ると、そこに「和音」を聞き取ってしまうのは、ミュージシャンだけではないと思う。
メジャーコード、マイナーコード、あるいは不協和音という名の「和音」。それらは単なる音の連なりに過ぎないのに、人はそこに意味を見出だす。明るい感じ、暗い感じ、不安な感じ。そして、リズムが付き、メロディーが奏でられたとき、「音」は「音楽」となる。
人は、音楽から「物語」を読み取る。美しい物語、軽薄な物語、楽しい物語、悲しい物語を。


人は物語が大好きだ。どうも人間には「物語」が必要らしい。
「物語」はそこかしこに溢れている。詩や小説の中に、漫画の中に、週刊誌の中に、新聞の中に、映画館の中に、テレビをつければ15秒のCMの中にさえ、濃厚にそれはある。街角の看板に、駐車場の注意書きにも物語を読み取ることはそう難しくない。
いわんやWEBにおいてをや。ブログであれ、掲示板であれ、「物語」のないところはないと言っても過言ではない。


物語の構成要素は、突き詰めると三つだ。始点があり、通過点があり、終点があれば、あるいは、そのように見える三点があれば、人はそこに意味を見出だし、物語を作り出すことができる。

  • 男は誕生した。
  • 男は生きた。
  • 男は死んだ。

これは、単なる事実の羅列に過ぎない。けれども、これだけのことから人は物語を作り出す。「いかに」という意味を与えて。(新約聖書はそのようにして書かれている、というのは冒涜だろうか。)
「男」の部分は、女や固有名詞に置き換えてもいい。
「王朝」という言葉を当て嵌めれば、中国の歴史書が思い浮かぶ。
「歴史」というものは、この三つの要素の繰り返しだ。
「文明」という言葉はどうか。まぁ、それも歴史の一部ではあるか。
「人類」では? これも、いつかはそうなるもの、という気がする。「人類の物語」というものは、今まさに綴られているものだが、まるで、いかにして最終回を先延ばしにするかに挑戦している人気連載漫画みたいだ。「どのように終わるのか」は興味の対象ではあるけれど、それが幸福なものであろうと不幸なものであろうと、「終わる」ということは揺るがない。
しかし、人が考える「物語」は、あらゆる「物語」は、常に可変的であって確定していない。物語とは解釈のことであると考えれば、人の数だけ物語は存在し、その全てが真実である。または、全てが真実ではない。


ひとつ「物語の物語」というものを考えてみよう。物語もまた人間の作り出した概念の一つであるのだから、それの終わりを想像するのは不可能ではないだろう。
人類の歴史のどこかの時点で、「物語」は誕生した。おそらく、人類が言葉を獲得したのとほぼ同時期に。
そして、情報を記録することによって「物語」は時間を超えて共有され、さらに出版や放送などのメディアの発達によって、空間の壁をも突破し拡散していった。しかし、それもインターネットの登場により、ピークを迎えた。これ以上の発展は望むべくもない。(それでも、新しい技術の可能性は残されてはいるけれど。)
物語が死にかけている、というのはそういうことだ。そして、拡散しきった「物語」の向かう先は、もちろん収縮ではない。収縮するのであれば、それは単に「物語」をもう一度やり直す、ということでしかないからだ。
「物語の死」とは何か。それは、物語が意味を剥ぎ取られることにほかならない。意味を剥ぎ取られた物語は、もう物語ではありえない。別の何かだ。
「物語が死を迎えた世界」では、「始まり」も「途中」も「終わり」も連続したものとは見なされない。写真に写った三つの点が、それぞれが別々の点であって、けっして「顔」ではないように、それらは、独立した事柄として扱われる。
検索エンジンは、情報をまさにそのように扱う。表示された検索結果は、個々には意味を持っているかもしれないが、連続した意味を持っているわけではない。このことが「物語の死」を示唆していると見なすのは、あながち外れているとも思えないが、どうだろう。


そして、「物語」が完全に死に絶えたとき、そこに待ち受けているのは、具体的にどんな世界なのか。
実のところ、まだ物語の内側に居る僕には、それはよく分からないんだよね。