自分を軸に

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俺は森の奥へ奥へと進んで行った。
名前も知らない植物が鬱蒼と生い茂るそこは、昼間だというのに薄暗く、自分がどこに向かっているのかも分からなくなりそうだった。俺は、けもの道を辿りながら、周囲の気配を注意深くうかがっていた。何しろここは、一度入ったが最後、帰って来た者がいないと噂される危険地帯なのだ。


突然、目の前に何かが現れた。
何の前触れもなく。俺はそいつの気配を感じ取れなかったのだ。
「!」
今まで出会ったことのある何物にも似ていないそいつは、明らかにこちらに対して敵意を剥き出しにしている。
「やらなければやられる」
そう思うよりも先に、体が動いていた。あいにく、こちらは何の武器も持ち合わせていない。さっきの戦いで、自慢の剣を失ってしまったのだ。しかし、今はそんなことは言っていられない。とにかく、相手の攻撃を何とかかわしながら、俺が放った攻撃は相手に何がしかの痛手を負わせたようだった。
だが、次の瞬間、そいつは予想外の方向から攻撃を加えてきた。何が起こったのか、とっさには理解できなかった。


俺の胸の辺りには、剣が深々と刺さっていた。
「醜いゴーストめ。危なくこちらがやられるところだったぜ。次からは不意を打たれないようにしなくちゃな。」


相手の呟きを聞きながら、俺は、自分の意識が拡散していくのを感じていた。
(俺が、ゴースト? そうか、さっきの戦いで実は……)

こんな感じかな?

RPGと私

そもそも、RPGって実際にプレイしたことがありません。
僕の世代では、まずありえない話なのですが、僕はテレビゲーム専用機を所有したことがありません。だから、「テレビゲームをやる」ということは、僕の中では「友達のうちに行って、一緒にプレイさせてもらう」というのと同義だったのです。*1
そういうときに盛り上がるのは、対戦型のゲームや、交代しながらやれるシューティングゲームなどだったので、こつこつレベルを上げたり、ある程度の時間をかけて探索したりといった「過程を楽しむタイプのゲーム」は、僕にとっては「まだるっこしいゲーム」だったのです。(その意味では、シミュレーションゲームなども、僕にとっては退屈なものでした。)


ただ、そういったRPGがゲーム内の世界観として多く採用している、いわゆる「ファンタジーもの」は嫌いではありません。というか、好きです。
今でこそ、追いかけるのをやめていますが、『グイン・サーガ』シリーズなどはかなりはまっていましたし、『ロードス島戦記』が刊行されだした頃は、ほぼリアルタイムで読んでいました。(この辺で年齢がばれるな。)今でも、継続して読んでいる「異世界ファンタジーもの」というと…、あ、『ベルセルク』ぐらいしかないか。


たぶん、自分がファミコンとか持ってたら、ここら辺の感想は全然違うものになるんでしょうがねぇ。

*1:ちなみに、今でもゲームといえば、携帯電話に入れてあるテトリスぐらいしかやりません。